■ 8.「緋色の心」

LastUpdate:2009/05/08 初出:YURI-sis

「天子、あなたを。……私だけの物に、したい」
「……はい、してください。アリスさんだけの、物に」
「ええ。私はもう、あなたに対して一切の遠慮をすることを辞めようと思うの。私はあなたを心底自分だけの物にしたいと思うし、天子が私の物になりたいって言ってくれる言葉も、いまは素直に信じることができるから」

 

 だから、とアリスさんは静かに言葉を続ける。

 

「私が天子にしたいと思っていること。それが例え、あなたにとって辛いことであっても、私は遠慮せずにそれをあなたに望みたいと思う。それでも、いい?」
「は、はい。……もちろん、私にできることなら、ですが」
「天子、あなたのことを本心から愛しているわ。愛しているからあなたのことをとても大切にしたいと思うし、そう思うのは自然なことなのだと思う。けれど……不思議と、あなたを心底愛しているにも関わらず、私の心にはその真逆を望む心もまたあるの」
「真逆、ですか……?」
「ええ。例えば――あなたのことを、壊れるまで延々と愛したいとか」
「……壊れる、まで」

 

 一瞬だけ想像してみて。――それはとても蠱惑的なことだと思った。
 二度や三度、あるいは四度。アリスさんが愛して下さる指先に翻弄されて、その程度連続で達させられ続けることならまだ……天子はそこに幸せだけを見いだすことができるように思えた。もちろん連続で達させられ続けることは辛いことだけれど、その辛さを補って余りある幸せがあれば、決して耐えられないことではないだろうから。
(でも、それ以上なら……?)
 連続で五回や、六回。あるいは……十回以上にも及ぶほど、休みなく責められ、達させられ続けたならどうだろうか。
 想像するだけでも、無意識に天子の身体はがくがくと震えてきてしまう。それはあまりにも甘美で、けれど恐ろしい誘惑だ。アリスさんがひっきりなしに天子の身体を愛してくれること、それ自体はもちろん嬉しいことだけれど……。限度を超えて投与され続ける快楽がどれほど辛いものであるかは容易に想像できることだし、きっとそれは痛みなんかよりもよっぽど苦しい拷問に他ならないのだから。

 

「もちろん愛する天子が壊れたら困るから、壊れるまで愛し続けるなんて絶対にしないけれど」
「……そ、そうですか。そうですよね……」

 

 アリスさんの撤回する言葉に、天子は安堵の息を吐く。
 けれど、その傍らでは。撤回されたことを、少しだけ惜しいと思う気持ちもあったりする。
 そうした天子の表情の変化を見て、心を見抜いたのかアリスさんはふふっと妖艶に微笑んでみせる。

 

「ごめんなさいね。それでも私はあなたに、それに近いことを望まずにはいられないの。――天子」
「は、はい」
「せめて今日一晩だけ、あなたのことを馬鹿みたいに愛し続けたい。あなたが何度絶頂を迎えても、構わずに延々とあなたの身体を求め続けたいの……」

 

 一度は解けた緊張が、再び天子の胸を埋め尽くす。
 撤回されたはずの誘惑が『一晩限り』という注釈を伴って、再び存在を主張し始める。

 

「もし一度初めてしまったなら、あなたが途中で泣いたとしても私は中断しないと思う。きっとあなたが、それこそ気を失ってしまわない限りはずっと……私は自分でも、あなたを愛しようとする行為を止めることができないと思う」

 

 ――気絶するまで、愛される。
 再発した躰の震えは、まだ止まらない。それどころか性の拷問が次第に現実感を帯びてくるせいで、震えはより顕著なものとして天子の躰に襲いかかってくるかのようだ。

 

「でも、あくまでこれは私の我儘だから。だから、あなたが怖いなら。嫌だったら……」
「いいえ――」

 

 躰に伴って、声も少なからず震えてしまっていたけれど。
 それでも、はっきりとした声で。天子は、それ以上のアリスさんの言葉を押し止めた。
 逃げ道を与えてくれる言葉なんて、必要ない。だって、私は……。私は、アリスさんの――。

 

「……それ以上は、言わないで下さい。私は、アリスさんのものですから。だから」

 

 怖くないと言ったら嘘になる。
 それでも私は、拒否が許されるのだとしても。選ぶことを、躊躇ったりしない。

 

「アリスさんの望みが、私の望みです。……どんなに辛くても、構いません。泣いてしまうかもしれないですけれど、許して貰わなくって大丈夫です。ですから――天子の躰に、アリスさんのものになれたという証を、深く刻み付けて欲しいです」