■ 13.「泥み恋情05」
(……期待など、していないつもりだったのだが)
ゆみの告白に続いてモモが、好きという想いを告げてきた瞬間に。ゆみが抱いていた感情は――安堵のようなものだった。
いままでモモが寄せてくれる好意に気づきながら。けれどそれはあくまでも『友人』としてモモが寄せてくれる好意に過ぎないのだと、ゆみは何度も自分自身に言い聞かせてきた。だから、告白して想いを打ち明けることことすれ……その裏に、期待する心を抱いてなどいるつもりはなかったのだけれど。
(結局、私は卑怯者ということなのだろうな)
多分本当は……モモが寄せてくれる気持ちの真意にも、私は気づいていたのだろう。つまりただ、気づかない振りをし続けてきただけだ。振られることを覚悟の上で、それなりのリスクを覚悟の上で想いを告げたつもりだったのだけれど――こんなの彼女の寄せてくれる想いを知っていながら、ダマで張った告白のようなものだ。そんな私が、卑怯者で無い筈がなかった。
(卑怯者でも、構わない)
そんなふうにさえ考えてしまうのも、偏に私の心が弱いからなのかもしれないが。私は本心から、そう思わずにいられなかった。私は卑怯者に違いないけれが……そんな卑怯者の私を、モモは『好き』だと言ってくれるのだから。彼女に好ましく思ってもらえる自分でいられるのなら、それだけでどのような不甲斐ない自分でも嫌いにならずにいられる気がした。
「モモ」
「……は、はい」
「部長は今日も歯医者に通院なさるそうだし、睦月も家の用事で来れないという話を聞いている。今日は場が立たないので、妹尾にも来る必要は無いと昼休みのうちに伝えておいた」
「そ、それって……?」
「今日は誰も部室に来ないということだ」
性急過ぎるのは分かっている。だが、モモが自分を好きだといってくれる以上は。
私は……ベッドでモモを想いながら、幾度となく夢見ずにはいられなかった感情を、無下にすることなんてできなかった。
「せ、先輩……」
「……その意味が判らないなら、今すぐ鞄を持ってこの部屋から出たほうがいい。……私が鍵を掛けて、モモの逃げ道を奪ってしまう前に」
モモは、全ての気持ちを安直にぶつけてきてくれるというのに。自分ばかりがこんな風に、彼女のことを試すやり方をしてしまうのは、フェアじゃないと判っている。
それでも私は、縋るような言い方を口にできる性分ではないから。……モモのことをこんなにも愛してしまっているにも関わらず、その想いを言葉にしてぶつけることでモモの傍に居たいと懇願するようなやり方ができるような、器用な人間ではないから。
だから、こんな不器用なやり方でしかモモを求めることができない。
「……そういうの、狡いっすよ」
「そうだな、私は狡いな……」
「ええ、ホント狡いっす。でも……私の為に狡くなってくれる、先輩が好きっすよ」
部室のドアのそばにまで静かに遠ざかると、モモは自らの意思でそこに鍵を掛けた。
浅ましく、ゆみが求めている行為の意味を知っていて。
それでも、モモは受け入れることを選んでくれる。……有難かった。
「いい、のか?」
「……ダメだったら、鍵なんて掛けないっすよ」
警戒心のまるでない屈託な笑みを浮かべて。モモは私の傍にまで寄ってきてくれる。
ゆみが促すまでもなく、静かにモモのほうから瞼を閉じてくれたから。
その柔らかな唇を奪うことなんて、本当に容易いことだった。