■ 15.「泥み恋情06」
部屋のドアをノックする前には、少しだけ緊張気味に周囲を伺ってしまう。紅魔館に勤めるメイドの方々はどなたも噂話が大好きな妖精の方々ばかりなものだから、警戒はどれだけしてもし足りないぐらいで。リトル自身はどんな噂をされても、殆ど地下に籠もっているから気にはならないのだけれど。……私のせいで、大好きな人がほんの少しでも嫌な思うをすることがあってはならないから。手習いレベルの魔法も駆使しながら、リトルは注意深く周囲の存在を伺った。
(……大丈夫、かな)
メイドの皆様は、原則として夜に起きて昼に眠る。それは館の主人であるレミリア様の生活時間に合わせているからで、だから陽がもうすぐ中天に掛かろうというこんな時間にメイドの誰かが起きていることなんて滅多にありはしないのだと、リトルもちゃんと理解はしているのだけれど。
コンコン、と静かに二度だけ部屋のドアをノックする。すぐに鍵が内側から開けられる音がして、ドアが開かれると。――その一瞬後には、部屋の中から伸びてきた二本の腕に強く抱きしめられ、リトルの躰は部屋の内側へと攫われてしまっていた。
「いらっしゃい、リトル」
「さ、咲夜さん。……びっくり、しちゃいましたよ」
「……ごめんなさいね。一刻も早く、こうしてあなたを抱きしめたかっらものだから」
ぎゅうっと拉ぐように抱きすくめてくる咲夜さんの抱擁は、力が入りすぎていて少しだけ痛いぐらいだったのだけれど。……そんな風に言われたら、そのことを咲夜さんに伝えることもできなくなってしまう。
少し痛い抱擁の中に包まれながらも、そこに感じることができる咲夜さんの温かな想いに、リトルは静かに感じ入る。リトルのことを待っていてくれて、こんなにも熱く歓迎してくれる咲夜さんの心が、リトルにはどんなにも嬉しかった。
「……すみません、遅くなってしまって」
「いいのよ。突然呼び出したのは、私の方なのだから」
「よく、ありませんよぅ。……咲夜さんの貴重な睡眠時間を、私が奪ってしまっているのに」
「気にしないで。私には休息よりも、あなたのほうが必要なのだから」
頬にキスをされてしまう。
それだけでリトルにはかぁーっと頭の中が熱くなってしまうようにさえ感じられていた。
「私で、咲夜さんの元気になれますか?」
「なれるわ。あなたが居てくれるなら、それだけで何だってできるわよ」
「ふふっ、そうですか。……では、私の全部を差し上げますから、少しでも疲れを癒させて下さいね」
リトルのほうからも咲夜さんの頬にキスを仕返すと。赤く火照った頬をしながら、咲夜さんは何度も嬉しそうに頷いて答えて下さった。
いつかの日に、咲夜さんが「あなたが好きなの」と告げてくれて。それ以来、リトルはこうしてお嬢様が眠った後、咲夜さんの部屋に通うようになっていた。咲夜さんがリトルの元を訊ねてくれることも多いけれど、せめて私のほうも咲夜さんのことが好きなのだという想いを態度にして伝えたくって。なるべくリトルのほうから、こうして足繁く通うようにしているのだ。
咲夜さんが、どうして私なんかを好きでいてくれるのか、リトルは知らない。訊ねてみたことは何度かあるけれど、上手くはぐらかされてしまうのだ。立てた人差し指を唇に当てて「な・い・しょ」と囁かれてしまえば、もうそれ以上問いただすことなんて簡単に不可能になってしまうのだから……咲夜さんって、ちょっと狡いと思う。
「好きよリトル……あなたが、誰よりも」
そうしたリトルの迷いも。
囁かれる言葉一つで、些細なことにされてしまうのだけれど。