■ 16.「群像の少女性04」

LastUpdate:2009/05/16 初出:YURI-sis

 確かに昨日までは。……いや、僅かに一時間ほど時間を遡る程度のことで、ゆみとモモの関係はただの友人になってしまう筈で。そう考えると、本当につい先ほどまで友人としての関係しか持ち合わせていなかったはずの私たちが、今はこうして、こんなにも近すぎる距離で触れ合っていられることが堪らなく不思議なことのように思えてならない。
(……違う、か)
 浮かんできたそんな心情と感動とを、ゆみは内心で否定する。ただの友人だなんて、そんなことは初めからありはしないのだから。ゆみはモモのことを誰よりも大切に想っていたし、特別な存在として意識し続けてきていて。モモもまた、同じようにゆみのことを慕ってくれていたのだから。ただ互いに言葉として気持ちを吐露し合っていなかっただけで、共に気持ちを寄せ合っていた私たちが『ただの友人』でなどある筈がなかった。
 だとするなら、こうして行為を求めてしまったゆみの態度も、あるいは性急ということにはならないのだろうか。モモが私のことを意識して、その想いをどう処理してくれていたのかは知らないけれど、少なくともゆみのほうは幾度となく夢の中でこうしてモモの躰を抱き寄せることを馳せ続けてきたのだから。

 

「は、ぁっ……」

 

 冷たい指先が擽ったいのか、ゆみの目の前で余すところ無く露わになっているモモの躰にそっと指先を這わせると、僅かな身じろぎと共に熱ぼったい吐息が彼女の喉元から吐き出される。
 それでも、慣れて貰う他はない。寒い冬の季節には指先や空気が冷たくなるのは仕方がないことだし、部室には暖房なんていう気の利いたものは付いていないのだから。幸い性の空気に呑まれたせいかゆみの躰はどこか火照るように温かく、モモもまた頬まで真っ赤にしていて暑そうなぐらいなのが幸いではあるのだけれど。

 

「せ、先輩」
「何だ?」
「先輩は脱がないんすか? ……私、先輩の裸も見たいっす」

 

 モモの疑問は当然のものなのだろう。彼女を一糸纏わぬ裸にまでひん剥いておきながら、ゆみはまだ制服をもちゃんと身につけたままなのだから。
 モモが望んでくれる以上は、彼女の望みに応えたいとも思うのだけれど。モモの言葉を、少しだけ申し訳ない気持ちになりながらゆみは静かに首を左右に振って拒んでみせた。

 

「……裸になってしまうと、モモを愛せる自信が無いんだ」
「自信が、ない?」
「多分私はモモの前で裸になってしまうと、モモを愛したいというよりも、モモに愛されたいということしか考えられなくなってしまうから。だから、初めのうち服を着ることを許して欲しい……」

 

 本当の私はきっととても弱い心しか持ち合わせてはいないのだ。きっと裸になってしまえば、そこに顕れるのは本来の弱気な自分だけでしかなくなってしまう。モモを愛したいとは思うけれど、モモに愛されたいという想いもそれ以上に私は抱えているから。彼女の前で総てを取り払って、裸の私を見られてしまったが最後……私は『与える側』でいられなくなり、ただ『望む側』に成り果ててしまうだろう。
 けれど、せめて初めはモモに幸せを感じて欲しかった。私自身モモを本当に幸せにできるのかを、確かめたくもあった。だから私も今だけは制服という鎧で弱気な自分を覆い隠してでも、彼女の躰に『与える側』でありたいのだ。

 

「……なんだかよくわからないっすけど、先輩がそう言うなら」

 

 少し苦笑気味に、モモはそんなことを言ってみせる。
 弱い私を簡単に許してくれるモモの優しさが、今は有り難かった。

 

「……済まない」
「謝ることじゃないっす。……ただ、条件を出させて下さい」
「条件?」
「はい。……最初は先輩がしていいっすから、後でちゃんと裸を見せて、私からもさせて下さいね?」

 

 勿論、優しさだけではない。
 私なんかを望んでくれる、モモの総てが。ゆみに幸せばかりを手繰り寄せてくれる。

 

「わかった、約束する。……私も、モモにして欲しいと思っているのだから」

 

 緩やかで暖かな時間が、互いの間に静かに流れている。
 モモの傍に居られる間だけは、私も少しだけ自分を好きになれるような気がした。