■ 18.「持てる者の檻01」

LastUpdate:2009/05/18 初出:YURI-sis

 幾ら愛し合っているとはいえ、私たちにも簡単に譲れない部分というものはある。魔理沙の方からも、そして霊夢の方からも互いに『好き』という想いを伝え合い、その証として唇を交わし、未来を誓いさえした私たちにそういった部分があるのは、もしかしたら少しだけ変なことなのだろうかとも思う。本来の恋人同士というものは、もっと明け透けに互いが欲するものを躊躇無く強請るものであるのかもしれず、もしそうであるなら私たちの関係は少しだけ異常な頑なさを伴っているのかもしれなかった。
 だって、互いに恋愛に関する知識や経験が乏しいのだ。魔理沙にとって霊夢は初恋の人で、それは霊夢にとっても同じことだと聞いている。初恋のまま実らせて、今の関係を築いてしまった私たちが恋愛に対して不器用なのは当たり前のことで。だからといってもちろん他の誰かとそうした経験を積みたいなんて思えないし、例え短時間でも霊夢が他の誰かの隣に居ることを選んだりしたら、それはそれで魔理沙も強い嫉妬を抱かずには居られないだろう。
 唇を強請ること程度のことなら、いつだって誰の前でだってできるのだ。躰を求めるようなことも、例えば夜が更けていたり、あるいは魔理沙の家のように訊ねる者が殆どいない状況でならどちらからともなく求めることができる。それほど多くを許し合える私たちが、けれど愛する相手にさえ簡単には譲ることができない領域というもの。それは即ち――通常の範疇を超えて、相手の躰を求めることに他ならなかった。
 愛する、という気持ちは複雑だ。愛していればこそ、その相手のことを何よりも最優先に考えたいという心は当然のように生まれてくるし、なればこそ魔理沙だって当然のように霊夢のことを誰よりも大事に思っている。だというのに……愛しているという想いは本当に複雑で。霊夢のことを特別に思っていればこそ、その誰よりも大事な筈の霊夢を、例えば狂おしいほど苛めてみたいという気持ちもまた、どうしてか生まれてきてしまうのだ……。
 例えば――霊夢の躰を休み無く求め続けて、延々と性の快楽で彼女を苛み続けてみたい。その躰を拘束して、抵抗できない霊夢を激しく責め立てたい。あるいは媚薬のようなものを用いて、普段の理性的な彼女には考えられないほど乱れさせてみたい。
 そうした、良く言えば霊夢を求めたいと思いすぎる気持ち故に引き起こされる衝動の数々を。……悪く言えば、愛するが故に力任せに自分のものにしてしまいたいという支配欲や嗜虐欲を。大事に思っている筈の霊夢に対して、魔理沙は心の深い場所でいつも抱えているのだった。
 一度は、こんなに疚しすぎる心を抱えている自分に、霊夢を愛する資格などありはしないのだと。魔理沙は霊夢に総てを告白し、懺悔し、そして関係を私たちの終わらせることを提案してみせたりもした。だけど霊夢は、そんな罪深い魔理沙を笑って許してくれて。……そして霊夢の方からも告白してくれたのだ、『私も同じ気持ちを持っているわ』と。
 魔理沙にとって幸運なことが二つあった。ひとつはこんなにも魔理沙自身が許せない浅ましい衝動欲求を、自分だけではなく霊夢もまた自分に対して抱いてくれているということ。魔理沙が霊夢のことを苛めたいと想わずにはいられないように、霊夢もまた魔理沙のことを苛めたいと想ってくれているなんて。……あまりにも良くできすぎた、嘘みたいだった。けれど霊夢は魔理沙に対して、どんなふうに苛めたいと想っているかを悉に告白してきてくれて。……それは、魔理沙が霊夢に対して想っているようなこととあまりにも似通いすぎていて。霊夢もまた嘘偽りなく、私のことを苛めたいと想ってくれているのだと、魔理沙にも理解できてしまったのだ。
 そしてもうひとつ魔理沙にとって幸運だったのは。いくら私たちとはいえ、簡単には愛する相手に求めることができないような言葉を、口にする手段を持ち合わせていることだった。同時にそれは、決して愛する相手にとはいえ簡単には許せないようなことを許してしまうための理由を与えてくれる、非常に都合の良いものでさえあった。
 つまりそれは、普段私たちがやっている『弾幕ごっこ』そのもの。元々私たちは、弾りあう際に何かちょっとしたものを賭けることが多かった。例えば魔理沙が勝った時にはよく今日の炊事当番を霊夢に押しつけて、それを理由に霊夢の家で夕飯を頂いて帰ることが多かったし、逆に霊夢が勝った時には境内の掃除を一緒に手伝わされるようなことが多かったりしたものだった。
 互いに相手のことを好きだから、より相手と傍に居るための理由を弾幕ごっこの賭けの材料として求め合っていたのだ。勝っても負けても、どちらにしても魔理沙と霊夢が一緒に居られる時間が増えるのは互いのない事実で、だから魔理沙も負けたくせに嬉々として掃除を手伝ったりしたものだった。賭けに負けた理由と言われれば拒む理由もなく、従順に霊夢の言うとおりに一緒に居られる時間を魔理沙も受け入れることができたから。
 そんな、とても都合の良い『賭け事』があったから。魔理沙と霊夢、二人が互いに疚しい劣情を抱いていることを知っても、私たちはそれほど困らなかった。賭けに勝った権利としてならどんなに疚しい要求でも霊夢に対して求めることができたし、逆に賭けに負けたことを理由にしてしまえばどれほどの辱めも喜んで受け入れることができたからだ。
 賭けを理由に、私たちはお互いを際限なく許し合い始めた。勝った時には自宅のベッドに縛りつけて霊夢の躰を一晩中求め続けるようなことなんてざらにあったし、逆に負けた時には結界を張って他人からは見えないようにしたとはいえ、人里の群衆の中で裸になることを強要された上に霊夢から何度も何度も激しく責め立てられたようなことさえあった。
 霊夢のことを一方的に苛めたいだけだと想っていた魔理沙の裡にある疚しい心。けれど、それは真実ではなかったのだとこうして遠慮無く求め合うようになって初めて気づかされる。魔理沙自身、霊夢を苛めたいと想うのと同じぐらい……本当は霊夢に苛められたいと想っていたのかもしれなかった。
 いつしか弾幕ごっこに負けて、つまり賭けに負けて霊夢の躰を求めるチャンスを失ってしまっても、それを魔理沙は残念に想えなくなってしまっていたのだ。無論勝った時には霊夢の躰を自由に苛める権利を得られるのだから、それはそれでとても嬉しい気持ちになるのだけれど。でも……負けたら負けたで、存分に霊夢に苛めて貰える義務を与えられることができて。そのことを、いつしかとても幸せに受け入れることができるようになっていたのだ。
 霊夢が課してくる『賭けに負けた代償』は、いつだって苛烈に魔理沙の躰を苛んでくる。泣いてしまうことなんていつもだったし、あまりにも苛烈なその責めに、おしっこを漏らしてしまうことや気を失ってしまうのさえ珍しいことではなかった。
 性の快楽も、与えられすぎればとても苦しいし辛い。だけど……そうして苛められることが、いつしか魔理沙自身好きになってしまっているらしかった。しかも魔理沙がその事実を意識せずにはいられなくなった頃、しかも今度は霊夢の方から告白してきてくれたことがあった。霊夢もまた、魔理沙に苛められることを好きになり始めているのだ、と。
 以前の魔理沙にとって、霊夢と弾りあう勝率なんて二割もあればいいほうだった。けれど気づけば、最近では弾幕ごっこの勝率が霊夢と殆ど拮抗するようにさえなってしまっていて。魔理沙が急に強くなったからでも、霊夢が手加減してくれているからでも、その理由がどちらのものでもないと判っている。
 単に……お互いに、弾幕ごっこに身が入らなくなっただけなのだ。かつては弾りあうことそのものがメインであった筈なのに、今では完全に『弾幕ごっこ』はお互いが苛烈な責めを求めるための儀式になってしまっていた。
 だからふとした瞬間に魔理沙は打ち落とされてしまうし、霊夢もまた何でもない魔理沙の弾幕に簡単に絡め取られてしまったりする。これが終われば激しい性愛が待っているのかと思うと、それを想像してしまって弾りあうことにも全く集中できない。
 かつては月に一度程度だった弾幕ごっこがやがて週に一度になり、すぐに殆ど毎日にまで増えていく。
 もちろんそれは、毎日お互いのどちらかが相手の躰を意の儘に組み敷くということに他ならなかった。