■ 21.「群像の少女性05」
不器用にしか求められない、損な性分が以前は酷く嫌いだったのを覚えている。
今も、そうした自分を好きになれたわけでは決して無いのだけれど。せめて自己嫌悪をやめることができたのは、偏に勇儀のおかげに他ならなかった。
「あ、ああっ……! ふぁ、ぁ……!」
狂おしいほどの官能が灼くようにパルスィの思考を焦がす。喘ぎ声なんて、きっと普段の自分なら聞かれれば恥ずかしくって死にたくなるほどのものであるはずなのに。勇儀に愛される最中においてだけは、こんなふうに衝動の儘に口を吐いて出せてしまうのが不思議だった。
実際、頭の中が火照るように熱く、勇儀の与えてくれる快感の波に灼かれているのではないかとさえパルスィには思えた。外側の理性的な部分やつまらないプライドの部分から順に頭の中が焼き払われていくから、残っていくのは与えられる快楽に対して素直になれる自分の姿だけでになるのかもしれない。
「パルスィは、ここをきゅうってされるのが好きだよね」
「ああっ!! あぅ、ううううっ……!!」
急に陰核を小さくない力で摘まれて、嬌声とも悲鳴とも吐かない声さえパルスィの咽からは漏れ出てしまう。
勇儀の挑発はともすれば屈辱的とさえ取れるもので、それこそ普段の自分には決して受容できるものではない筈だった。けれど私は、勇儀からそうした言葉によってなぶられることに対して、何故か嫌悪の感情を抱くことができない。それどころか、指先だけでなくこうして言葉によっても激しく責め立てられることに対して、躰と共に心の方でも感じ入ることができているらしかった。
「だっ、だってえ……っ!! 気持ち、ひいんらもんっ……!!」
「そっか、パルスィはここを弄られると気持ちいいんだ?」
「う、うんっ! き、きもちいいのっ……!!」
そんな聞かれてもいない屈辱的なことさえ、パルスィは自分から口にして見せたりする。
あるいはそんな普段には絶対に見せられない弱さを、勇儀の前でだけ明け透けにさらけ出せることに、他ならぬパルスィ自身が酔っているのだろうか。他の誰に見せられない心の儘の正直な自分も、勇儀にさえ知っていて貰えるならきっと幸せだから。性愛の最中でだけでも、特別な自分になれることが。
「あ、あああああっ……!!」
静かな絶頂はもう何度目のものかも判らない。
勇儀の前で気をやる度に、パルスィは勇儀に自分が支配されていく感覚に包まれることができる。普段の私には求めることができないものにも、満たされることができる。