■ 28.「泥み恋情11」

LastUpdate:2009/05/28 初出:YURI-sis

 いま私がななおに対して抱いている感情が真に恋だとするのなら、かつて男性に対して抱いた思いは何だったのだろうと、今更ながらに律子は思わずにいられなかった。一時は薬指を預けるほどの恋をしたはずなのに、今はその時の感情をなにひとつ思い出すことはできないでいる。
 唯一覚えているものといったら、薬指にあの頃感じていた指輪のぐらいだろうか。ゲージで正確に計ったサイズもいざ指輪にしてみると些かきついようにも感じられたりして、けれど当日の律子はそれが普通なのだろうと思っていた。だけど本当はやっぱり少しだけ小さかったのかもしれなくて、指輪を外してからかなり経った今でもふとした瞬間に身につけていた頃の違和感だけは思い出す。こればかりは、何か新しい指輪を嵌めることができるその時まで、ずっと消えないものなのかもしれなかった。

 

「……指輪、かしら」

 

 だからだろうか。誕生日のお祝いなどいらないと何度拒んでも、私があげたいんだと引き下がらないななおに、ついそんな本音が零れてしまったのは。
 言ってから律子自身、少なからず後悔する。昔はどうあれ、今はななおだけを真っ直ぐに好きだと言える私なのだから。好きな人に指輪をせがむなんて、容易にしていいことではない筈なのに。

 

「いいけど……私じゃ安物しか買えないぞ?」

 

 けれどななおは嫌な顔ひとつせず、それどころか驚きの表情ひとつさえ見せずに、そんなことを言って答えてくれる。
 律子にとっては特別と思っていたことだけれど、指輪を求めることさえななおにとってはそれほど特別なことではないのかもしれなかった。……ななおは私以上に、私と一緒に居られる未来を真剣に考え、そして正直に自分の思いをぶつけてきてくれるから。指輪が持つ側面である、愛を誓い戒めると言うことさえ、ななおは当たり前のことのように思ってくれているのかもしれない。
 そう考えると、律子は少なからず嬉しくなる。ななおのことを子供だとは……以前よりは大分思わなくなったつもりなのだけれど、それでもこうした所でふと意識してしまう嫌いもあるから。私と一緒の未来を僅かにさえ恐れることのないななおの姿にこうして魅せられると、私はななおの恋人でいられる自分自身にさえ誇りを持てるような気がするのだ。

 

「ええ、安物でも何でも構わないわ。ななおが私にあげたいと思うものを買ってきて」
「ん、わかった。……そういえば、松本のサイズは幾つなんだ?」
「ええっと、私のサイズはね……」

 

 メモを取り出すななおに、私は思い出した指輪の数字から1を引いた数を伝える。
 指輪なんてきっと、少しぐらいきつく感じるぐらいが丁度いい。そのほうが、指輪を与えてくれた人のことを考えられる機会も、ずっと増えるだろうから。
 漠然と恋愛を意識していた頃の思い出なんて、もういらない。これからは、当時の指輪よりもより強い感覚で、ななおが戒めてくれるのならそのほうがずっと幸せだろうから。