■ 31.「泥み恋情13」
「いつの時代も、遍く世界は嘘で溢れているわ」
「ええ、存じております」
「存じている、ですって? ……だったら、どうしてもっと気の利いた嘘を吐けないのかしら」
そう言って苦笑してみせる輝夜の気持ちは、長い時代を輝夜の傍で過ごしてきた永琳にも勿論良く理解できることではあるのだけれど。それでも……永琳は今更になってでも、自分の想いを輝夜に伝えずにはいられなかった。
私たちの関係を恋情で彩る機会なんて、それこそ果てしなく長い人生の上で数え切れないぐらいにあった筈だ。永琳が求めれば輝夜は拒まなかっただろうし、薄らとではあるものの輝夜自身がそうした関係を望んでくれていた時期があったことも、永琳は知っていた。
それでも永琳は、一度として輝夜を求めるようなことはしなかった。それがどうしてなのかは永琳自身にも判らないけれど……きっとその時にはまだ、輝夜とそうした関係になるだけの準備が、他ならぬ永琳自身にできていなかったのだろう。
「実なればこそ、つまらぬことも口にせずにはいられません」
「虚でなく実というなら、もっと言うべき時があったでしょう……」
――今更、言うことではないでしょう。
そういった輝夜の明確な意志が、言葉の裏に込められているように永琳には感じられていた。……実際、込められているのだろう。永琳が輝夜を恋愛の相手として求めるには、随分と遅すぎるのだから。
言葉で言い繕う自信は、初めから無かった。輝夜が訝しくそう問いかけるであろうことにも予想はついていたし、その問いに明確な答えを持ち合わせては居ない己のことも自覚していたのだから。
それでも……言わずには居られなかったのだ。
「失礼、致します」
「……!? ちょ、ちょっと……っ!」
あまりにも無警戒だった輝夜から、唇を奪うのなんて容易いことだった。
理屈を並べて、冷静に永琳を突き放そうとしていた輝夜の仮面は簡単に剥がれ落ちる。――輝夜が、今でも永琳に心を寄せてくれることは知っていたから。だったら、千の言葉よりも一の行動のほうが、輝夜の心に届くこともあるだろう。
「……狡いわ、永琳」
「ええ、どうやら私は、狡いみたいですね……」
もう一度顔を近づけると、今度は輝夜のほうも瞳を閉じて受け入れてくれた。
輝夜はもう、永琳を僅かにさえ拒みはしなかった。