■ 34.「泥み恋情16」

LastUpdate:2009/06/03 初出:YURI-sis

 魔法の森の中心近く、アリスの家の前に静かに降り立つと案の定咲夜が手を掛けるよりも早く、内側から玄関の扉は開いてくれる。扉の裡から溢れてくる温かな空気とそしてアリスの歓迎の笑顔に癒されるかのように、雪の中を飛んできて冷え切っていた咲夜の身体も心も、瞬く間に暖められていくかのようだった。

 

「いらっしゃい、咲夜」
「悪いわね、こんな雪の日に」
「悪くなんてないわ。……こんな雪の中を会いに来てくれたことに、お礼を言いたいぐらいね」

 

 そんな風にアリスに言われてしまうと、ここまで来る道中の辛ささえ忽ち忘れてしまえるような心地にさえなる。アリスに会いたいのを我慢できなかったのは咲夜の方で、咲夜の我儘ひとつでここまで押しかけてしまったというのに、笑って許してくれるアリスの笑顔が素直な気持ちから来るものだと簡単に判ってしまうだけに、咲夜には嬉しくてならなかった。

 

「はやく入って、身体冷えちゃうわ」
「ええ、お邪魔します」

 

 アリスの家の中に身体を滑り込ませると、咲夜はすぐに前を歩くアリスの身体を抱きすくめずには居られなかった。

 

「咲夜……」

 

 僅かに抗議めいた声が上がるけれど、アリスは抵抗さえしない。
 ずっと、アリスに会いたかった。雪の日が長く続きすぎて、アリスに会えない日々ばかりが続いていたから。今日も雪は止んでくれなかったけれど、それでも幾らか小康状態にまで落ち着いた頃を見計らって、居ても居られなくなって咲夜は飛び出してきてしまったのだ。
 咲夜の本分である仕事を幾つも押しつけて来てしまった館のメイド達には申し訳なく思う。けれどそれでも咲夜は、無茶をしてここまで来てしまった自分の行動を悔いる気持ちにはなれなかった。……こうしてアリスにちゃんと会えて、咲夜は堪らなく幸せを感じているのだからだ。

 

「……痛いわ、咲夜」
「痛いなら、振りほどけばいいわ」
「できないと知っていて言うなんて……狡いわ」

 

 強く強く、拉ぐようにアリスの身体を抱き締め続ける。
 アリスの華奢な躰は、身動ぎもせずに拉ぐ咲夜の両腕の中で感じ入ってくれて。
 咲夜もアリスも、ゴオッと風鳴りが騒々しい玄関口で、時間を忘れて繋がり合っていた。