■ 36.「恋獄の檻2」
氷のように冷たい鉄の感覚がパチュリーの肌に触れ襲うと、それまでアリスに対して怒涛のように並べ立てていた文句や侮蔑の言葉も、恐怖心からそれ以上は何も口に出来なくなってしまう。パチュリーの肌に直に触れてくるのは、アリスの小ぶりな手には大きすぎるぐらいの裁縫鋏。器用すぎるアリスのことだから、万に一つも彼女の持つ鋏がパチュリーの肌を傷つける可能性なんて無いとは判っていても。……それでも、自分の肌の上を鉄の刃が走る感覚というのはどうしても無視することができない。
実際、鋏の刃は異常な程の器用でもって瞬く間にパチュリーの肌の上を擦り抜けていく。無論刃が走り去った後の部分には、もうパチュリーの衣服は残されてなどいない。アリスの鋏に寄って切り裂かれ、最早衣服ではなく唯の細かい歯切れ布となって床に落ちていくだけだ。
冬という季節のこともあって、相応の厚着をしていた筈なのに。気づけばパチュリーは下着を含め衣服の総てを切り裂かれ、落とされてしまっていた。残されているものは手枷や足枷の類ばかりで、未だに身動きができない格好の儘に殆ど裸の格好をアリスの眼前に晒してしまっている。彼女の表情を確かめてみれば、アリスは興味深げな笑みを浮かべながら嘗め回すようにパチュリーの躰へ視線を這わせてきていて、見られてしまっている実感がかあっとパチュリーの体温を熱くさせる。
後ろ手に縛られているせいで恥ずかしい場所を隠すこともできない。殆ど膨らみらしきものの無い稚拙な乳房も、パチュリーの躰で最も深くぎゅうっと濃縮した熱を生み出して止まない下腹部も、手のひらで覆い隠すことさえ許されない。恥ずかしい場所は全部アリスの瞳の前に映し出されて、パチュリーにできることと言えば降り注がれる熱すぎる視線にじっと躰を震わせながら耐えることぐらいだ。
「んぅ、っ……!」
無論のこと、視線に限らず恥部を守る一切の術をパチュリーは持っていないのだ。だからアリスが好奇心から指先を少し伸してくるだけで、何の障害も無しにその指先はパチュリーの秘匿すべき場所に届く。パチュリーが今まで決して誰の目にも触れさせず、勿論触ることなど許したことない場所にも易々と届いてしまうのだ。
指先が与えてくる些細な刺激にも、パチュリーの躰は敏感に反応する。もとより敏感な場所であるし、こんな状況のせいで(これから、アリスに犯されるのだ)という実感がパチュリー自身の中で強く意識されるせいでもあるのだろう。恥ずかしさの余りに目を開けていることさえできないのに、暗闇の中でも苦もなく愛撫の指先が自分の躰に触れてきている情景の像を結べるほど、刺激は敏感に、且つ鮮明に躰と意識の中を迅速に伝わっていく。
「感じてるんだ?」
「……! そ、そんなこと……っ……!」
否定の言葉も、途中で喘ぎが混じってしまえば僅かな説得力さえ持つ筈もない。
実際、抗いきれないほどの膨大な快楽がさっきからパチュリーを襲い続けているのだ。アリスの指先なんてまだ些細な愛撫に満たない程度の刺激しか与えてきていないはずなのに。どうしてそんなにも微細な刺激に、自分がこんなにも翻弄されているのかはパチュリー自身にも判らないことだった。
唯一はっきりと判るのは……私にとってアリスという相手がどんなにも特別であることだろうか。それはそのまま恋情という言葉に置き換えることさえできてしまって、特別であればこそ彼女が与えてくれる些細な愛撫さえパチュリーの躰には鮮やかに響くのだろう。
(……滑稽な話ね)
内心でパチュリーは自嘲せざるを得ない。結局、私は――こんなにも途方もなくパチュリーの意志を無視した愛し方をされているにも関わらず、アリスのことを恨めては居ないのだ。それどころか、私の何が彼女の狂気に触れたのかも判らないのに……こうして無理矢理アリスに犯して貰えることに、歓喜のような感情さえ抱いているだなんて。
「……は、ぁっ!」
陰核にまでアリスの指先が及ぶと、パチュリーはもう自分を抑えることができなくなってしまいそうだ。
欲望の儘にパチュリーを求め、蹂躙しようとしてくるアリスに。制止するどころか、喜んで自分の躰さえ差し出したくなるような低劣で甘美な衝動に。