■ 37.「泥み恋情17」
『恋心というものは、常に無条件に生まれ得るものである』
それは、外の世界で記された本の一文。
不思議と、妙に魔理沙の印象にだけは残ったその文章が、実際に真実のものであることを学んだのは。僅かに、数分程度前のことだった。
宵の頃、夕飯を同じ卓袱台で、向かい合わせに霊夢と食事をしていて。それだけで何一つのきっかけのようなものさえなく、けれど唐突に霊夢が『特別』に見えた。
一度『特別』を意識してしまったが最後、その瞬間から霊夢の総てが愛おしいものであるかのようにさえ、魔理沙の瞳には映る。細やかな箸使いや、お茶を飲んだ後の溜息ひとつさえ、酷く魅惑的なものであるかのように思えて。今まで普通でしかなかった筈の情景さえ、魔理沙にとっては直視を躊躇われるものになる。
(これが、恋をするってことなんだろうか)
以外にも魔理沙の心は冷静に現状を分析する。心の中で『恋』という言葉を綴るだけで、一際高く跳ねる感情があって。そのおかげで、分析が間違いでないと気づくのは容易いことだった。
「どうしたの? あんまり箸が進んでないみたいだけど」
「あ、ああ。きょ、今日の夕食があんまり旨いんで……味わってたんだ」
言い繕う言葉があまりに稚拙で、自分の慌てっぷりを惨めにさえ感じた。
「そりゃそうよ。だって今日の夕飯は、私が作ったんだから」
けれどそんな魔理沙の心情に一切気づくことなく、霊夢はそんな風に言ってみせて。
その物言いがあまりに可笑しいものだから、くすくすと微笑みながらも魔理沙はようやく心に平静さを取り戻す出来た。
「……そう、だな。当然だよな」
焼き魚を箸で一口放り込み、味わえば実際感動するほどに旨い。
霊夢が作ったのだから、当然のことだ。