■ 40.「泥み恋情20」

LastUpdate:2009/06/09 初出:YURI-sis

 昨日あんなことがあったせいなのだろう。きっと霊夢はいつも通り、もう縁側で待ってくれている筈なのに。萃香はまだ勝手に自室にしてしまった空き部屋でまごまごしていて、霊夢の元を訪ねることができずにいた。
 初めは淡くしか意識できなかった霊夢に対する特別な想いは、いつからか当然のように萃香の心の大部分を支配するようにもなってしまっていて。ただ『特別』とだけしか意識されていなかったこの気持ちそのものさえ、今は確かな意志で『恋心』なのだと見定めることができてしまう。
 昨夜は……霊夢にぎゅっと強く抱き締められて、気がどうにかなりそうだった。大好きな人に強く抱き締められて、霊夢の早い鼓動と熱い体温がすごく身近な距離から伝わってくるみたいで。萃香は、本当に霊夢のことが好きだから……あんな風にされてしまったら、もう何も考えられなくなってしまう。
 萃香が霊夢に対して特別な想いを抱くように、霊夢もまた萃香のことを特別に想っていてくれるのだと。昨夜の確かな実感があるから、萃香もまたそのことを自惚れではなく正しく自覚することができる。けれど萃香には、その霊夢の気持ちの真意を確かめることがどうしても怖くてならないのだ。私は霊夢のことを恋愛対象として好きだけれど……霊夢が、萃香と同じ意味で想いを寄せてくれているのかは、判らないから。
 だから、足が重い。きっともう一度会ってしまえば、萃香は自分の気持ちを霊夢に伝えないではいられなくなってしまう。そして同時に、霊夢が自分に対して寄せてくれる気持ちを、確かめずにはいられなくなるから。――怖いのだ。

 

「本当に、萃香は判りやすいわねえ」

 

 耳元でくすくすと囁く声があって、萃香は初めて気づく。どうして全く気づかなかったのだろう、戸を開ける音や空気の入れ替わる感覚だけでも十分気づきそうなものなのに、いつの間に部屋の中に入ってきたのか萃香のすぐ傍に他ならぬ霊夢の姿があった。

 

「れ、霊夢」
「顔に出てるわよ? 気持ちを確かめるのが怖い、って」
「……う」

 

 違う、と否定の言葉が喉まで出かかったけれど、言えなかった。だって、言ってしまえばそれは嘘になってしまう。まさしく萃香は、霊夢の気持ちを確かめてしまうことが怖くて、会いに行くことができずにいたのだから。
 霊夢の真っ直ぐな瞳に見つめられて、萃香は何となく気まずくて視線を逸らしてしまう。
 霊夢の気持ちが判らないと、そんな言葉で覆い隠してしまっていたけれど。もしかしたら……本当は違うのかもしれなかった。萃香はただ、霊夢が寄せてくれる想いの総てを正しく理解していて。なのに、求めたいと想うそれと正直に向き合ってしまうことが怖くて、こうして認めてしまうことから逃げてしまっているだけなのかもしれない。
 だって、霊夢と両思いであることを確認してしまえば、きっと私は霊夢に溺れないではいられなくなってしまう。常に霊夢のことを最優先に考えて、霊夢の為だけに尽くすようになってしまうだろう。私は、それぐらいに霊夢のことが好きで、大切で……愛しいのだから。