■ 55.「群像の少女性20」

LastUpdate:2009/06/24 初出:YURI-sis

 ――霊夢は感情を他人に見せることがとても少ない。
 霊夢の傍で生活を共にするようになって、萃香はその確信を改めて深めた。とはいっても、それは喜怒哀楽を他人に比べて表現しないというわけではない。
 笑顔、あるいはちょっとした怒り顔。博麗神社を他人との何と言うことはない話の中で、あるいは宴席の中で。そういった表情を霊夢も見せることはたくさんあるけれど……萃香には、それが総て嘘に見える瞬間が少なからずあった。
 最初の頃、それは単純に萃香の思い紛いであるのだと思った。けれどやっぱり霊夢が魔理沙に、アリスに、博麗神社を訪ねてくる総ての相手に、嘘の微笑みを浮かべているように萃香には見えて。数を重ね、時間を重ねる内に萃香はそれを事実なのだと認めないわけにはいかなくなったのだ。

 

「どうして霊夢は、そんな嘘みたいな笑い方をするの?」

 

 疑問が膨らみすぎて、とうとういつかの日に萃香がそう聞いてみた時。霊夢はまるで(信じられないものを見た)とでも言わんばかりに、大きく驚いてみせたのを覚えている。

 

「……萃香には、判ってしまうのね」
「そりゃあ、判るさ。あんな、あからさまに嘘みたいな笑顔をしてたらさ」
「そうね、萃香には判るでしょうね。……私は、あなたに嘘が吐けないから」

 

 その霊夢の言葉の意味が、萃香にはすぐには判らなかったけれど。
 やがて――萃香はその意味を正しく理解することになる。霊夢が他人に見せる表情と萃香に見せてくれる表情との間には、明確な違いがあったからだ。
 原則として、霊夢は誰にでも嘘を吐いている。魔理沙や紫のような比較的親しい者に対しても、天人や吸血鬼のような偶にしか会わない者に対しても、それこそ人里から神社を参拝しに来るような一会限りの者に対しても。なのに……萃香に対しては違っていた。萃香に対してだけ霊夢が見せてくれる表情には、どこにも嘘を見つけることができないのだ。
 それに気づいた時、萃香は霊夢の言葉の意味を理解したのだ。私が霊夢の嘘に気づくことができたのは、確かに当然のことなのだ、と。霊夢が萃香だけを特別扱いしているのか、それとも萃香以外を特別扱いしているのか、それは判らないけれど。どうしてか、霊夢は萃香にだけは素の儘の表情を見せてくれているのだ。
 きっと誰も気づいては居ない筈の霊夢の嘘。それを霊夢の真実の表情を知っている萃香だけが、他の嘘に気づくことができるのは当然のこと以外の何物でも無かった。