■ 56.「群像の少女性21」

LastUpdate:2009/06/25 初出:YURI-sis

(今にして思えば、あの時から私は霊夢の特別だったんだ)

 霊夢の肌は仄かな湿り気を帯びていて、同時に酷く温かい。こうして霊夢の温かな肌に触れることを許され、そこに生まれる深い歓喜の感情の理由を正しく理解している今の萃香だからこそ、過去もまた正しく振り返ることができるのだと。改めてそう思うと、とても感慨深いものさえ萃香は感じずにはいられなかった。
(随分、遠回りをしてしまったのかもしれないなあ)
 半ば自嘲気味に、そんなことさえ萃香は想う。あの頃から、私は霊夢取っての特別だった。そして萃香にとっても霊夢は誰よりも特別な人だった。互いが互いを誰よりも特別だと認識していた私たちが、こうして求め合うようになるのはあまりにも自然なことなのだから。
 こんなにも遅くなってしまった原因。悪かったのは、ただ私の方だと萃香には思えた。霊夢は初めから、好意を萃香に提示し続けてくれていたのだ。私がその好意と正面から向き合って、素直に意識することができていれば、どちらにとっても望まざる『同居する他人』としての時間で埋める必要など無かったのだから。

 

「……ごめん、ね。こんなに遅くなっちゃって」

 

 萃香の言葉に、一瞬霊夢は首を傾げるような仕草をしてみせて。
 けれど少し経ってから「ああ」と得心したように頷いてみせた。

 

「いいのよ。私が勝手に、あなたのことを好きだっただけなのだから。それに」
「それに?」
「片思いの時間も、きっと恋愛の醍醐味だわ。……少し怖くなったり、不安になったりすることが無かったと言えば嘘になってしまうけれど。あなたがこうして私を選んでくれたのだから、今はただいい思い出だわ」

 

 そう言って霊夢は、ありったけの笑顔で萃香に応えてくれて。
 他の誰にもきっと見せない、萃香にだけの素直な笑顔。真実嬉しそうにはにかんでくれる霊夢の表情に、萃香のほうこそが何度でも魅せられる気がしてならなかった。
〈やっぱり、好きだなあ〉
 何度でも魅せられるし、何度でも恋をする。
 恋愛は好きになった方が負けだって言うけれど、それは間違いじゃないにしても真実ではない。きっと恋愛なんて、両思いになった時点でお互いがお互いに対して負けっぱなしでしかないのだから。