■ 68.「群像の少女性33」

LastUpdate:2009/07/07 初出:YURI-sis

「キスしていい?」

 

 訊ねる言葉というより、それは宣言するだけの言葉。返事を待つことなく霊夢は萃香の唇にゆっくりと自分の唇を宛がっていき、萃香もまた静かに目を閉じるという行為で霊夢の言葉に応えてくれる。
 躰を重ねて愛し合うことの意味を知らなかった頃の自分が、なんだか今思うと随分と可笑しいように思えてならない。熱く滾る躰を重ねて、あんなにも動物的に激しく求め合って。そうした行為で得られるもの――それはきっと相手に対する『信頼』と、自分自身の中での疑いのない『信じる心』なのだろう。
 性愛は極限にまで恥ずかしく、自分の秘めるあらゆるものを相手に赦さなければできない行為。自分の持っている総ての権利を差し出して、代わりに相手の持っている総ての権利を赦される。言うなれば譲り合いの極致のようなもので、それを経た今だからこそ霊夢も萃香も、互いが互いのことを無条件に信頼することができていた。キスを求めても拒まれないと霊夢は知っているし、知っているから心に正直な儘に自分を求めてくれるのだと萃香も理解している。――性愛で得られる物の総てを、たったひとつのキスが簡単に証してくれているのだ。

 

「ずっと、そばにいてね」

 

 さっき萃香に訊ねた言葉を、今度はもう一度、そのまま望む言葉として霊夢は口にする。
 相手が拒めないと知っていながら、望む言葉を掛けるのは狡い行為なのかもしれない。けれど狡いと判っていて霊夢は言っているし、それを承知の上で霊夢が口にしているのだと萃香も正しく理解しているから。厚い信頼を感じることができる今の二人にとって、その言葉は『狡い』以上の特別な意味を孕む。

 

「ふふっ。……仕方ないなあ、霊夢のお願いだもんね」

 

 そんな風に言って、にかっと笑ってくれる萃香の応えが嬉しい。
 私は狡いと判っていながら萃香を縛る。萃香もまた、狡いと判っていながら霊夢に縛られてくれる。ずっと一緒に居たいという想いは、本当は求めることも叶えることも難しい希いである筈なのに。最大の信頼と、そして相手を無条件に信じられる心を手に入れた今だからこそ、それは簡単に望むべく言葉として告げることができる。
 恋愛なんてきっと狡いぐらいの方がいいのだと、そう霊夢には思えた。
 だって私も、少しぐらい狡いやり方で。萃香に求め続けられたいと思うからだ。