■ 72.「泥み恋情25」

LastUpdate:2009/07/11 初出:YURI-sis

 長雨の季節になった。
 少しずつ風が涼しさを交えてきて暑い日が長く続いた幻想郷の夏が終わったことを実感できるようになってきたのも束の間、秋口の頃からずっとこの調子で外には雨が降り続いている。雨ばかりが続く秋は涼しいを通り越して薄ら寒くさえあって、こうして縁側でぼーっと雨の様子を眺めているだけでもじわじわと身体が冷えていく感覚があった。
 そうした身体の冷えを早苗は熱いお茶を飲むことで和らげる。身体の内からぽかぽかした熱気を与えてくれるお茶さえ備えてあれば、この程度の寒さはそれほど嫌な物ではなく、寧ろ若干の心地よささえ感じないでもない。元々、寒いのよりは暑いことのほうがずっと苦手なこともあって、冬が近づいている実感をこうして肌で感じることには少なからず嬉しい気持ちまでもを早苗は抱いてしまう。
 ――ただ、身体はお茶で温めることができても、心まではそうはいかない。まるで冬さながらの雨のように、ここ最近の早苗の心は冷えてしまったようでもあった。原因は判っている……降り続きすぎている長雨のせいで、思うように会いたい人に会えない日々が続いているからだ。
 終わり頃に激しい雨が降る梅雨とは違って、秋雨は始まりから中盤に掛けての頃ほど強い雨の日が続きやすい。幻想郷の秋雨もその通りらしく、屋根を打楽器のように打ち鳴らすこの強すぎる雨の中ではどこへ出かけることも叶わないのだ。
 まだ日中である筈なのに、雨雲に閉ざされた境内の暗陰に早苗は愛しい人の面影を想う。早苗が来るよりもずっと前からこの幻想郷の巫女をしている――博麗霊夢のことを。もしかしたら縁側でお茶を飲むことを好む彼女もまた、いま早苗と同じようにこうして境内を眺めながらお茶を啜っていたりするのだろうか。

 

「とりあえず、私のにもお茶を淹れてくれない? うんと熱いのを」

 

 ちょうど霊夢さんのことを想っていた最中のことだったから。雨音に紛れるその声は幻聴のものだと早苗には想えた。目の前で古そうな雨傘を差す陰にいかに見覚えがあろうと、それは早苗がこれほど〈会いたい〉と切に願う想いが見せる、幻の類なのだろうと。
 思わず早苗が愛しいその影に手を伸ばすと、幻の方からも早苗の手をとってくれて。冷たく冷えた指先が絡まって、けれど触れているとじわじわと温かいものもそこからは感じられるようになってきて。
 これが――幻でないとようやく理解したのは、その瞬間だった。

 

「れ、れれれれ、霊夢さんっ!? ど、どどど」
「早苗に会いたかったから。それ以外に理由が必要?」

 

 幻ではない、けれど幻のように凜とした彼女に。そう言われてしまうと、もう早苗には何も言えなくなってしまった。