■ 73.「泥み恋情26」

LastUpdate:2009/07/12 初出:YURI-sis

 さっきまでは寂しさにばかり心は苛まれていたというのに。雨に封鎖された世界の中で、少なくとも同じ屋根の下に会いたかった人がいるというのはなんとも変な気分で、そわそわしてしまって落ち着かない。濡れて冷え切ってしまった身体を温めて頂くためにいまはお風呂をお貸ししているのだけれど……早苗がお茶を準備している居間から数メートル程度にしか離れていない浴室に霊夢さんがいらっしゃるのかと思うと、それだけで尚更に心は平静を保てなくなってしまって、急須を持つ手も微かに震えてしまう。
(代わりの服、あれでよかったのかなあ)
 脱衣所に置いてきたのは早苗が入浴後用の普段遣いにしている一着の浴衣と、それにシャツやショーツといった下着の類。どれもちゃんと洗濯してはあるのだけれど……夏場は浴衣は肌着を介さず直接身につける機会も多いし、下着については言うまでもなく直接肌に身につけるもの。本当は新品があればそれを下ろして出したい所なのだけれど、そうそう都合良く新品の下着の備えというものもなくて。
(……嫌に思われたりしないかな)
 少なからず早苗は心配になる。
 訪ねてきてくれた霊夢さんの格好は全身がびしょ濡れで、下着までずぶ濡れなのは疑いようもないことだから一応出しておいたのだけれど……やっぱりこういう時には、新品が無いのなら下着は出さないほうがよかっただろうか。あまりこうした経験がないので、どうにも早苗にはその辺の常識というものが判らなかった。

 

「早苗」

 

 呼びかける声があって、早苗は振り向く。
 出しておいた浴衣を身につけて下さっている霊夢さんの姿がそこにはあって、普段は巫女装束に身を包んでおられる姿しか殆ど見かける機会がないものだから、なんだか早苗は新鮮な気持ちでその格好に見入ってしまう。

 

「あ、お湯加減はいかがでしたでしょうか」
「少しだけ熱かったけれど、気持ちよかったわ。……それで早苗、下着なのだけれど」
「あ、や、やっぱり。新品でもないのに、お出しするのは間違いだったでしょうかっ」

 

 肌に直接身につける下着を、他人に出すのはさすがに問題があったのだろうか。申し訳ない気持ちになりながら霊夢さんの表情を窺ってみると、霊夢さんは少しだけ首を傾げてみせる。

 

「そうじゃなくて、どうもこの小さい下着は落ち着かなくって。……できればドロワーズはないのかしら」
「……あ、なるほど。ごめんなさい、そちらは持ち合わせがなくて」
「そう。持っていないのでは仕方が無いわよね」

 

 はあっ、とひとつ溜息をこぼしてみせてから。霊夢さんは確かに、いかにも(落ち着かない)という表情をそこに湛えているように早苗には見てとれた。

 

「……すみません。次にお泊めする機会までには、準備しておきますので」
「そんなのは気にしないで。こんな雨の中を、急に来てしまった私が悪いのだから」
「ですが、やはり落ち着かないのでしょう?」

 

 そわそわしい霊夢さんの挙動に、早苗の方が却って心苦しくなる思いがした。

 

「ええ、確かに落ち着かないわね。……でもそれは、早苗が悪いのよ」
「……はい。私がドロワーズを準備しておかなかったから」
「違うわ、そうじゃなくて。……あなたが、この下着を『新品じゃない』なんて私に教えるから」

 

 僅かに紅を帯びた頬で。恥ずかしそうに霊夢さんがそう口にする。
 その意味が早苗にもようやく判ったから、早苗もまた恥ずかしさから口を噤んでしまった。