■ 74.「泥み恋情27」

LastUpdate:2009/07/13 初出:YURI-sis

 ――あなたは私に夢を見せる。
 だから私は夢をずっと忘れることなく、諦めずに手を伸ばし続けることができる。

 

 

 

「お疲れ様、まこ」
「……久? まさか、わしのバイト終わるのをまっとったんか?」
「ええ、そうよ。あなたと少し話したいことがあったからね」

 

 さっきまで店の外から眺めていたまこのメイド服。今は制服に戻ってしまったまこの格好にそれを思い浮かべて、少しだけ久は幸せな気持ちに浸る。田舎と言うこともあってか閉店時間が結構適当な店だからまこがバイトを終える時間もあまり予測が付かなくて、結果としてなかなか長い時間を店の前で待ちぼうけしてしまったけれど。……まこの可愛らしい姿や、バイトしながら客と談笑している姿を外から見つめているのも悪いものではなかった。

 

「なんじゃ、清澄の学生議会長どのは受験生の割に随分と余裕があるんじゃのう」
「ええ、あるわよ。こうやって会いたい時にまこに会える程度の余裕がいつでも作れる程度には、学業も疎かにしていないつもりだわ」
「そ、そうかぁ……」

 

 人差し指と親指と、二本の指先で眼鏡の両端を押さえる仕草は、まこが照れている時の仕草だと知っている。……実は久もそれなりに照れながら口にした台詞だったのだけれど、まばらにしかない該当灯りは頼りなくて、まこの表情に紅が差しているかどうかを見確かめられないのは少しだけ残念だった。
 暗がりの夜道を、いつもの距離で歩く。田舎の夜道には騒音が殆ど無くて、聞こえるのは虫の声ばかりで。きっとこんなに距離を詰め合って歩かなくても、互いの声ははっきりと聞くことができるだろうけれど。……伸ばせば簡単に手を繋ぐことができそうなほどの近い距離。同じ麻雀部で、それに家が近いこともあってこうして一緒に帰る機会が多かった私達は気づけば自然とこの程度の距離にまで寄り添い合って歩いてしまう。

 

「それで、話ってなんじゃい?」
「うん、大した話じゃないんだけどね。……まことは学年がひとつ違うから、来年はあんまり会えなくなるじゃない?」
「勿論そうじゃねえ。わしに合わせて久が留年でもしてくれれば別じゃけど」
「ふふっ、それもちょっと魅力的だと思ってしまうけどね」

 

 実際、考えたことが無いと言ったら嘘になる。
 留年するほどの経済的余裕はうちにはないから、考えるだけで終わってしまったけれど。

 

「まこと会う機会が減ってしまう前に、少しだけあなたに言っておきたいことがあったのよ」
「言っておきたいこと、かね。麻雀部関係のことか何かか?」
「ううん、それについては心配してないわ。まこに任せておけば安心だと思っているから」

 

 そうじゃなくてね、と久は言葉を続ける。

 

「あなたに私の気持ちを伝えておきたかったのよ。正直な気持ちをね」
「なんじゃ、わしはまさか今から告白でもされるんか?」

 

 そう言ってくすくすと笑んでみせるまこ。
 けれど私はまこと同じようには笑わない。真剣な顔を決して緩めない。

 

「ええ、そうよ。――誰よりもあなたのことが好きだって、そう言っておきたかったの」
「なっ……!?」

 

 緩んでいた顔が一転、度肝を抜かれたようにまこは目を大きく見開く。続けてまこの視線が久の顔色を窺ってくるのは、私が冗談からそう口にしているのではないか確かめるためだろう。
 まこの反応は当然のもので、なればこそ私は努めて真剣な表情、そして真剣な言葉の語調をもってまこに意志を伝えたつもりだった。ここまでやっているのだから――これでも通じないようなら、それはきっと初めから望みがなかったのだと諦められる。その覚悟さえ決めて、久は言葉を紡いだつもりだった。

 

「ほ、本気で言っとるんか……?」
「冗談かどうかは、付き合いの長いあなたなら判るんじゃないかしら」
「……そ、それは」
「もちろんまこは私に応えてもいいし、振ってもいいのよ。……どっちにする?」

 

 隣を歩くまこのほうに、すっと左手を差し出しながら久はそう問いかける。
 あくまでもまこの自由意志で答えを選んで欲しかったから、これが私にできる精一杯の求め方だった。……まこは優しいから、もし強気に私が求めたなら優しさから応えてくれそうな気さえしてしまうから。まこの心に問いかけて、答えを選んで貰うためには、これ以上のアプローチをすることはできない。
 寒さからではなく、僅かに差し出した手が震えていた。選ばれなくても仕方ないと、何度も頭の中で予行してきたにも関わらず、心の臆病さを拭うことができない。大体――私は本来臆病な人間なのだから。

 

「……わしで、ええんか?」
「まこがいいのよ。他の誰にも、こんなこと言わないわ」
「そう、かぁ」

 

 ぎゅっと握り返してくれる手があった。
 その手は久のものより少しだけ小さくて、けれど……どんなにも温かい。

 

「つくづく分の悪い賭けが好きなやっちゃのう。……女同士で、しかも告白してその場で返事を求めたりして、それで上手く行く確率なんて殆ど無いじゃろうに」
「ええ、そうね。それでも、賭けたら負けないのが私だけれど」

 

 まこの手のひらを、こちらからもぎゅっと握り返す。
 体温の低い私だけれど、少しでも彼女にこの想いの熱を伝えられるように。