■ 76.「泥み恋情29」

LastUpdate:2009/07/15 初出:YURI-sis

 『会いたいと思えばいつでも会えるよ。明日でも、今すぐにでも――』

 

 電話で彼女がそう言ってくれた言葉は全くの真実で、夜半にもなって飛び乗った電車は二時間と経たないうちに次の到着駅に目的の駅名を挙げるようになっていた。路線図を眺めながら目的の駅にひとつずつ近づいていく度に、逸り焦ってしまう心がある。大会予選の日にはあまり話すことも叶わなかった上埜さんと会える――そう思うだけで、美穂子の心臓は今にも飛び出してしまいそうだった。
 美穂子が住んでいる以上にのどか田園風景ばかりが広がる窓の外には、まばらな街灯が見事に自然ばかりを映し出している。こんな場所だから、終電は早く夜九時にもなろうという今となっては帰る電車もありはしない。それでも片道だけしか乗れないと判っているのに、気づけば電車に飛び乗っている私が居て。……こんな無茶をしてしまうのは本当に初めてのことで、自分らしくなくてちょっとだけ不思議な感じがする。

 

 『で、では今すぐ会いに行きます。――上埜さんの所に!』

 

 誘ったのは上埜さんのほうとはいえ、こんなふうに唐突に訪ねてしまって彼女を困らせることになってしまわないだろうか。電話の向こうで上埜さんはカラカラと陽気に笑いながら、『うん、じゃあおいで』と言ってくれたけれど。……もしも彼女を困らせることになるようなら、駅舎にでも泊まって始発を待って帰ろうと。そう美穂子は覚悟を決めていた。
『……駅に間もなく到着致します。電車が揺れますので、お乗りのお客様は……』
 車掌さんのアナウンスに美穂子は席を立つ。荷物と呼べるものは財布と携帯電話だけ入れたバッグひとつだけで、簡単にそれを手提げて乗車口の前に立つ。
(上埜さんに会える――)
 ぷしゅーっと、空気が抜ける音がしてドアが開くと。

 

「やっ」
「ひあっ!?」

 

 降りようとした矢先。
 乗車口の目の前に、既に上埜さんの姿はあった。