■ 79.「泥み恋情32」

LastUpdate:2009/07/18 初出:YURI-sis

 改札横に備え付けられているポストに乗ってきた切符を入れてから二人はホームから降り、無人の駅を抜け出る。無人とは言っても幾つもの照明が灯されていることもあってそれなりに暖かみのようなものがあったのだけれど、駅から少し離れれば夜道にはまばらの街灯しかなくて急に足下は頼りなくなる。
 舗装こそされているみたいだけれど、土地勘の無い美穂子には薄明かりだけでは十分に道が判らなくて。時折気づけないぐらいの段差なんかがあったりして、転びこそしないまでも不意にバランスを崩してしまったりもしてしまう。

 

「ごめんなさいね、ご覧の通りの田舎で舗装もあまりきちんとしてないものだから……。大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です。……すみません」
「別に福路さんが謝るコトじゃないわよ」

 

 そう言って、久さんはくすくすと可笑しそうに笑ってみせる。
 暗がりで久さんの笑顔をぼんやりとしか見るのが叶わないのがちょっとだけ残念だったけれど、久さんが笑う声につられて美穂子もまた一緒になって顔を綻ばせてしまう。自然とそうさせるだけの魅力が、久さんの笑い声には含まれているような気がした。

 

「あ、そうです。もしよろしければ、私のことも」
「うん?」
「久さんのほうでも、私のことを……名前で呼んで頂けませんか?」
「福路さんのことを? それは、勿論大歓迎だけれど……」

 

 人差し指を顎に添えて、僅かに首を傾げて久さんは考えるような素振りをしてみせて。

 

「麻雀部の人達もそうなんだけど、私すぐに呼び捨てにするようになっちゃうかもしれないけれど……それでもいい?」
「はい、それは私も大歓迎です。是非呼び捨てにして下さい」
「ん、わかった。じゃあ、えっと……」

 

 コホン、と小さく咳払いをひとつ。

 

「――美穂子。暗い夜道は少しだけ危ないから、良ければ手を繋いで歩かない?」
「あっ……。は、はい、是非!」