■ 87.「泥み恋情40」

LastUpdate:2009/07/26 初出:YURI-sis

 静かに二人でお茶を飲むだけの時間。会話も消えて、お茶を啜るだけが部屋の中に響いていく。外ではきっと喧しいほどの雨音が鳴っている筈なのに、それも雨戸を閉めた部屋の中ではどこか遠くにしか意識できなくなっていて。静かすぎる室内では、霊夢さんがお茶を啜る所作に添って立てられた微かな衣擦れの音までもがはっきりと聞こえてしまう。

 

「ひとつ、お訊ねしてもよろしいですか?」
「うん? 答えられることなら、別にいいわよ?」
「ええと……本日こちらに来られたのは、どのようなご用件なのでしょう?」

 

 こんな雨の中を、ずぶ濡れになって。
 そこまでして霊夢さんが会いに来てくれたのは、もちろん早苗にとって嬉しいことでしかないのだけれど。……でも、霊夢さんがそうまでして守谷の神社まで来て下さった理由が、どうしても早苗には判らなかった。

 

  『早苗に会いたかったから。それ以外に理由が必要?』

 

 霊夢さんは始め、そんな風に言ってみせたけれど。……さすがにそれは社交辞令か何かなのだろう。霊夢さんに対して少なからず特別な想いを早苗は抱いているけれど、それはあくまでも早苗自身の心にだけあるものであって。霊夢さんにとって、おそらく早苗はただの幻想郷の住人ひとりに過ぎないのだから。
 これだけの雨だ。大変だと判っていながら雨の中をいらっしゃったのだから、霊夢さんが何か特別だったり急ぎだったりする用向きをお持ちであろうこと程度は、予測もつくのだけれど。その用向きが、どうしても何なのか判らなかった。

 

「理由、ね。……ねえ、取り込み中の早苗の保護者の二人って、当分こっちには戻ってこない?」
「え? え、ええ。お二人とも夕食はお済ませになられておりますし、おそらく明日までこちらに戻ってこられることは無いように思いますが」
「……そう。だったらここでする会話が、早苗以外に聞かれる心配も無い、というわけね?」
「はあ。それは多分大丈夫だと思いますけれど……?」

 

 何か二人に聞かれては不味い話なのだろうか。もしかしたら早苗にも、できれば聞かれたくない話なのかもしれない。もしそうなら、訊きだそうとしてしまった早苗の行動は却って霊夢さんを困らせてしまうものかもしれなくて。口にしてしまった言葉はもう取り戻せないけれど、内心で早苗は少しだけ自分の好奇心を反省する。
 けれど、そうした早苗の憶測に反して。――霊夢さんの口から飛び出された一言は、あまりにも突拍子の無いものだった。