■ 88.「泥み恋情41」

LastUpdate:2009/07/27 初出:YURI-sis

「さっきも言ったけれど。……あなたに会いたいと想う気持ちを、止められなかったのよ」

 

 真っ直ぐに早苗の瞳を見据えて、告白される真摯な言葉。勿論それも、安易に信じられる言葉では到底ないのだけれど。けれど霊夢さんの表情や言葉の語調は本当に真剣なもので……一度は嘘だと切り捨ててしまった筈の言葉も、二度目のそれは疑う余地さえ抱かせてはくれなかった。こんなにも真面目な顔で嘘を吐けるものなら、多分霊夢さんの何もかもを信じられなくなるだろうし……こんなに大事なことで、嘘を吐かない人だということも本当は判っている。だからもう、二度目のそれは早苗の心も抗うことなく信じきってしまう。

 

「……どうして、ですか」
「言わなければ判らない?」
「判らない、ですよ。だって……私は霊夢さんのことをお慕いしておりますけれど、霊夢さんが私を想ってくれる理由なんてありはしないのですから」
「それを言うなら、私だって早苗に慕われる理由なんてないわ。理由なんてなくても、誰かを好きになってしまうのは抑えようがないことだし、気づけば好きになってしまっている。私にとってはそれが早苗だった――それ以上の理由が、必要かしら?」

 

 確かにそれは、霊夢さんの言うとおりなのだけれど。……だけど、理屈では判っていても割り切れないものは残ってしまうのだ。
 早苗が霊夢さんを愛してしまった理由も、明確な言葉では示すことができないのだから。それと同じことが霊夢さんにとって言えるのだとしても、それは決して不思議なことではないけれど。……でも、だからといって。早苗が愛してしまった人が、偶然にも早苗のことを愛し返してくれている打なんて。――そんな都合の良すぎる偶然なんて、有り得るものだろうか。

 

「信じるのは、怖いことです……」

 

 だから早苗は、そんな風に答えてしまっていた。
 信じてしまいたい、とは心底想う。けれど、いちど信じることを心に許してしまったが最後、きっと私は……もう自分を抑えていることさえ、自由にはできなくなってしまいそうに思えた。霊夢さんが私に対してどのように想いを抱いてくださっているのかは知らないけれど、少なくとも早苗にとって霊夢さんに抱いている想いはそれ程に深く、圧倒的なもので。だからこそ文字通りに心の総てを奪われてしまうことには、少なからず恐怖のような感情もついてまわるのかもしれない。

 

「だったら、あなたは疑っていればいいわ」

 

 早苗の頬に触れてくる、温かな手のひら。
 涙さえ溢れそうになるほどの、心を簡単に宥めてしまう温かさがある。

 

「ずっと疑っていて。……もし信じてしまって、それで傷つくようなことがあれば。それは全部、私のせいにしてしまって構わないから」

 

 手のひらと言葉の温かさに、心が簡単に緩められていく。
 信じるのは怖いこと。だけど疑うのは……難しいことだ。
 だって早苗の心は、霊夢さんが伝えてくれる想いを信じたいと叫び続けているのだから。