■ 89.「泥み恋情42」

LastUpdate:2009/07/28 初出:YURI-sis

 早苗の頬に触れてくる手が、より包み込むような優しい感触になる。霊夢さんから何かを催促してきたわけではないけれど、静かに優しい眼差しで見つめられることで、少なからず早苗に対して求めてきてくれている想いが伝わってくるような気がしたから。勘違いだったら少し恥ずかしいな、とは思いながらも。拒否ではなく、早苗もまた想いに対して答え返すかのようにそっと瞼を閉じた。

 

「……言葉にしなくても、伝わるものなのかしら」

 

 少し驚いたような口振りで、霊夢さんはそんな風に言ってみせて。早苗の感じた想いが間違いでないことを証明するみたいに、早苗の唇に優しくご自身の唇を重ねてきて下さった。
 触れ宛てられるだけで、早苗の唇は熱を持つ何かが残されたかのように温かな感覚が残されている。数秒だけ押し当てられてから霊夢さんの唇はすぐに離れてしまったけれど、早苗の唇に残る温かさのそれが、熱を封じてくれる唇が離れたことで冷たい空気に晒されて淋しく震えるみたいだった。その淋しさを拭うかのように、早苗は自分の唇に右手の指先を宛がって温もりを確かめてみる。じわじわと広がって蕩けていく熱の甘みが、感じ入る指先と唇との中へ静かに溶け消えていった。

 

「慣れていないから、下手だったらごめんなさいね」
「私にとっても初めての経験ですから、上手い下手の判別なんてよく判らないです。……ですが、霊夢さんのしてくださったキスは」
「もしかして、気持ちよかったり、した?」
「……はい。キスがこんなに気持ちいいものだなんて、知りませんでした」

 

 唇と唇を触れ合わせる。その程度のことが、こんなにも密に相手の想いを自分の裡に残していくものだとは知らなかった。霊夢さんが残してくれる熱は、そのまま早苗に対して寄せて下さる想いのそのままで。だからこそ、じわじわと早苗の躰や心の中に浸透していくほどに、誘い水となってより深い熱を早苗の中に呼び起こすのだ。
 だとするなら、霊夢さんの想いが早苗の中に確かに伝わってきたように、早苗の想いもまた霊夢さんの中に少しでも残すことができたのだろうか。――ふと、そんな疑問が生まれて霊夢さんのほうを見ると。その疑問の意志さえも伝わったのか、霊夢さんは小さく頷いて下さって。

 

「ちゃんと伝わったわよ。……ありがとうね、早苗」

 

 ご自身の胸元に手のひらを宛がいながら。早苗が霊夢さんの裡に残した何かに感じ入るかのようにしながら、静かにそう答えて下さるのだった。