■ 92.「泥み恋情45」

LastUpdate:2009/08/01 初出:YURI-sis

 どきどきしている間に、三度目の口吻けが押し当てられていた。タイミングを逃して瞼を閉じることを忘れた早苗の視界一杯に、霊夢さんの顔だけが映る。長い睫と端整な顔立ち、それに心を揺らされない人なんているのだろうか。
 早苗がこれほど心惹かれる理由に、正直霊夢さんの外見という要素はあまり含まれていなかったのだけれど。もちろん美人だとは思うけれど、霊夢さんの周りにはアリスさんや紫さんといった、人間離れしすぎている魅力を持っている人が多くいらっしゃるから。だからどこか、正しく意識できていなかったのかもしれない。――こんなにも近すぎる距離で、改めて霊夢さんのことを見つめて初めて、そこに湛えられた魅力のあまりに気づかされるだなんて。

 

「キスの最中に目を開けているのは、狡いと思う」
「すみません。ちょっと、ぼうっとしていたもので……」

 

 やがて唇が離れたあと、軽く咎めるように霊夢さんからそう言われてしまう。恥ずかしそうな表情は、きっと至近距離で見つめられていたことの恥ずかしさに因るものなのだろうか。

 

「――まだ、今なら止められるわよ」

 

 ぴっと視線を早苗と重ねて、真っ直ぐに問いただしてくる言葉。
 だけど、そんな確認にどんな意味があるだろう。止めて欲しいだなんて思っているのなら、私だって初めから部屋に誘ったりしないのだから。

 

「霊夢さんは、止めたいですか?」
「私は……止めたくない、わね」
「でしたら、私も同じです。これが初めての経験ですから、その……して頂いた後、どう気持ちが変質してしまうのか私自身にも良く判らないのですが。……私も、止めてほしくなんてありませんし。何があっても、霊夢さんのせいになんてしませんから……」

 

 恋に恋する少女には沢山の幻想が含まれるという。私が霊夢さんに対してこれ程に抱く気持ちにも、もしかしたら幻想が含まれていて――愛されることで幻が霧散してしまったら、もしかしたら気持ちが変わってしまうのかもしれないと恐れる気持ちが無いと言ったら嘘になる。それは早苗にとっても、そして霊夢さんにとってもそうだ。

 『傷つくようなことがあれば。それは全部、私のせいにしてしまって構わないから」』

 さっき霊夢さんが掛けて下さった言葉が頭の中でリフレインする。もしかしたら傷つくのかもしれないし、傷つくことを恐れる心は早苗にだってあるけれど。
 それでも……初めての相手は、霊夢さんがいい。
 もし傷つくのだとしても。――初めては、霊夢さんがいい。