■ 94.「蜜豆」

LastUpdate:2009/08/02 初出:YURI-sis

「お待たせ致しました、お抹茶とぜんざいのほうになります。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「……あ、はい。大丈夫です」
「では、どうぞごゆっくり」

 

 ぺこりと一礼をしたあと、エプロンを付けた少女の店員さんは咲夜の傍から離れていく。初めて来るお店だからあまり期待してもいなかったのだけれど、特にぜんざいのほうは見るからに美味しそうに見えて、早くも『当たり』のお店の予感がしていた。
(……甘い)
 添え付けの茶筅で軽く泡立てて一口抹茶を啜ってみると、渋みが霞むほど爽やかに甘い。もちろん多少の苦みもある筈なのに抹茶という先入観を覆すほどにそれは甘く、少し高めだったお値段に納得させられるほど高価なものを用いていることに感嘆させられる思いがした。
(良いお店、だわね)
 さすがにまだ朝方の今では、お客さんもそれほど入ってはいないみたいで。お店の方の娘さんなのか、年端もいかない小さな少女ひとりで接客を回しているみたいだけれど。きっと奥の調理場にいらっしゃるのだろう、店主のセンスの良さはや腕は確かで、咲夜はそう思わずにはいられなかった。
 ……良いお店だと思えるだけに、惜しい。きっと私は、もうこのお店に来ることはできないだろうから。
 緊張の余りに、思わず匙を持つ手が震えていた。それでも咲夜は何とか震える手つきのままで、時間を掛けながらぜんざいを三分の一ほどゆっくりと食べていく。やっぱり美味しいと思えるだけの味は持っていたけれど……それを感じるだけの余裕が咲夜には無くなっていって、味を楽しむことはすぐにできなくなってしまっていった。
 家族で経営していると思われる割に、少し広めな店内。そして店内には掘りごたつの座席があり、咲夜はわざわざ店員に一声お願いしてまでそちらの席に案内して貰っていた。――このお店を行為の対象に選んだ理由なんて、本当にその程度のもので。今日の咲夜は決して、甘い物を食べる為に来ていたわけではなかった。

 

 

 

 きっかけは、先日紅魔館で読んだ本。
 本のタイトルは『密飴と鞭』、全六巻。内容は事故で家族を失った少女が、とある『お姉さま』に拾われ、奉仕するお話だ。さらに詳しく言うなら、拾ってくださったお姉さまに好意を寄せる少女が、部屋を掃除している際に『お姉さまの持つえっちな趣味』に気づき、恩返しにその趣味に自身の躰で応えようとするうちに本人ものめり込んでしまうというお話で。

 つまりその本は――官能小説、なのだ。