■ 98.「純愛調教 - 02」

LastUpdate:2009/08/06 初出:YURI-sis

(案外、綺麗な字を書くのね)
 手元でひらひらと招待状を弄びながら、そこに綴られる数行の文字を見てアリスは静かにそんなことを思う。紅魔館で何度か姿を見たことがあるし、話したことも多少はあるけれど。……正直アリスにとって、紅魔館の主その人の像は『年端もいかぬ少女』としての印象ばかりが残っていた。無論、吸血鬼である以上は見て取れる外見上の年齢そのままが生きた歳月というわけではないのだろうけれど。咲夜やパチュリーよりずっと小さく、まして小柄なリトルよりなお小さな姿では、そうした印象を抱かないほうが無理というものだ。
(レミリアの『話したいこと』って、なんだろう……)
 疑問には思いながら、けれど内心では既にひとつ思い当たる節もあった。
 思えばアリスは――この紅魔館に、通いすぎているのだ。
 図書館の主であるパチュリーからは、アリスの来訪はおそらく歓迎されているように自負していた。パチュリーに望まれて彼女の研究を手伝ったりすることも少なくないし、そうでなくても魔法のことについて詳しく語り合える相手というのは貴重なものだから。また、図書館を訪ねるうちの数度に一度は焼き菓子などといった手土産をアリスは持参してきているし、それはパチュリーにもリトルにも好評で。だからアリスがいつ訪ねてきても、パチュリーもリトルも嫌な顔ひとつせず迎え入れてくれるけれど。
 だけど……レミリアにとっては、きっと違うだろう。いかにアリスが頻繁に来訪する目的が地下の図書館にあるとはいえ、図書館に入る為には紅魔館の敷地や館内も通らなければならないから。図書館の主はパチュリーかもしれないけれど、紅魔館そのものの主はレミリアに他ならないのだから。彼女にしてみれば、やはり自分の城に他人が頻繁に出入りしているというのは、あまり気分が良くないものもあるだろう。
(……そりゃあ、文句のひとつ言いたくもなるわよねえ)
 『夕食への招待』という、さも歓迎しているかのような招待状を受け取りながらも、アリスはレミリアが自分に何の苦情を言おうとしているのかが、少なからず理解できてしまうような気がした。
 確かに、失礼といえば失礼な話だ。これだけ紅魔館を足繁く利用しているにも関わらず、アリスは館の主人であるレミリアにきちんとした挨拶さえ碌にしたことがないのだから。無作法すぎた自分の経緯を思えば、レミリアから苦情のひとつやふたつを言われる身であることも当然であると思うし、真摯に受け止めなければならないことだとも思えた。


     *


「――その『叱られに来ました』って顔、やめない?」
「え?」
「アリスが何を想像しようと勝手だけれど、そういう理由で呼んだ訳じゃないから」

 

 けれども、そうしたアリスの予想や覚悟といったものは。
 招待に応じて出会った数秒後には、あっさり一蹴されてしまうのだった。