■ 99.「泥み恋情48」

LastUpdate:2009/08/07 初出:YURI-sis

 優しく撓垂れて下さるさとり様の躰は殆ど華奢を通り越した軽さで、久々に触れられた嬉しさよりも心配さのほうが空の心では先に立っていた。酔われてしまったのだろうか、空の隣から躰を寄せてきて下さるさとり様の口元からは静かな吐息が漏れていて、もしかしたら眠ってしまわれたのだろうかとさえ思う。
 それを確かめようとさとり様のお顔を覗き込むと、ぱっちりと開かれたその瞳と目があってしまって、瞬間さとりは硬直してしまう。顔と顔の距離が近すぎて、互いの吐息がお互いに届きそうなぐらいで。――こんな格好では、まるで空のほうからさとり様にキスしようとしているみたいだった。

 

「確かに、今にもキスされてしまいそうですね」

 

 心を読んださとり様にそう言われて、かあっと空の顔が熱くなる。
 薄紅色が淡く浮かぶ唇。とても柔らかそうなそれに、触れてみたいと一瞬でも思ってしまう私の心は――きっと、疚しさに満ちているのだろうか。

 

「……すみません、そういうつもりではなかったのですが」
「判っています。心配して下さっただけなのだと」

 

 さとり様は、空の元から離れようとはしなかった。未だに軽すぎる体重を預けて下さる格好の儘に、空はさとり様とごく近い距離で視線を交わらせ続けている。恥ずかしくて目を背けてしまいたくなる心もあるのに、不思議と空にはそうすることができなかった。――まるで魅入られるみたいに、さとり様から目を離すことができなくなってしまっていたのだ。

 

「もしも、あなたに」
「はい?
「空にも私と同じように心を読む力があれば。……私も、素直になれるのでしょうか」

 

 そう言って、さとり様は静かに瞼を閉じる。
 両眼を閉じたまま、つんと唇だけを空のほうへ突き出すような格好。それが何を求めて下さっているのかは、心を読むことができない空にも強く伝わってくるような気がした。
(……宜しいの、だろうか)
 恐れ多い気持ちと、少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、ゆっくりと空は自身の唇を近づけていく。もしもさとり様が一瞬でも瞼を開かれたり、あるいは身動ぎのひとつでもなされたなら中断するつもりだったのだけれど……さとり様は静かに待ち侘びて下さるだけで。だから十数秒掛けて近づいた空の唇は、やがて静かにさとり様の薄紅と触れ合わさった。
 閉じた視界の中に感じる、柔らかくて小さな唇。
 数秒掛けて互いの感触を求め合ってから、互いの唇はどちらからともなく離れた。

 

「……伝わりますか、私の気持ちが」

 

 小さく微笑みながら、そう言って下さるさとり様の言葉。
 確かに、心を読むことができない空にも、願望にも似た想いで伝わる心があった。