■ 102.「泥み恋情49」

LastUpdate:2009/08/10 初出:YURI-sis

 二人きりで静かに本を読む時間。ただそれだけの時間が、けれどパチュリーは何よりも好きだった。本を読むという行為はどうしてもひとりでするものだから、没頭している間にはお互いが相手にできることなんて限られてしまうけれど。それでも、傍に居ることだけはいつだって簡単にできることで、けれどその程度のことが決して小さくない幸せを与えてくれるのだから不思議だった。
 もちろん私達にはもっと積極的に相手を求めることもあるし、そうした時間でなければ得られないこともある。口吻けを交わしたり、肌と肌とを直接に重ね合わせて求め合ったり。激しく求め合わなければ得ることのできない幸せも、無論掛け替えのないものなのだけれど。
 けれどそれに負けないだけの幸せを、静かな時間は与えてくれるのだ。アリスはいつだって私が傍に居ることを許してくれるから、パチュリーが隣に座っても優しく躰を寄せてきてくれるだけで何も咎めたりはしないし、あるいはアリスのほうから図書館の中でパチュリーを探し出してくれて、隣に座ることを選んでくれることもある。少しでも多くの時間を愛する相手の隣で過ごしたいと思う自分の意志と、アリスの意志。それらがパチュリーの心に幸せを生み出さないはずがない。

 

(幸せ、だなあ……)

 

 実際に強い実感を伴いながらそう思う。
 本に囲まれることを選んだ魔女である私にとって、かつては本が身近にあること以上の幸せなんて無いのだと思っていた。本にさえ満たされていればそれだけで、私はどんなにも幸せを得られるのだと思っていた。
 けれど、今は……きっとその程度のことでは満たされはしないのだろう。本だけではなく、アリスも傍に居てくれるようでなければ、パチュリーはもう最高の幸せで自分の心を満たす事なんて出来ないのだ。

 

「……随分と、欲深くなったものね」

 

 倖せは果てがない。
 それ故に、生きる者は悉く欲深さばかりを増す運命にある。

 

「……うん、何か言った?」
「いいえ、別に何も。ただ少し、幸せを噛みしめていただけだわ」

 

 隣に座るアリスの手の甲に、そっと自分の手のひらを重ね合わせる。
 それだけでさえ齎される途方もない倖せがあることを、私は知っているから。