■ 104.「泥み恋情51」

LastUpdate:2009/08/12 初出:YURI-sis

 校舎のほうに入るのだと思っていたら、久さんは校舎を目前にして脇道のほうへ美穂子を引っ張っていく。さらに少しだけ階段を上った先、そちらにはいかにも年季を感じさせる古くて厳しい建物が聳え立っていた。おそらくはかつて校舎として使用されていた建物なのだろうか、先ほど迂回した校舎にも負けないほどの大きさのそれは、けれどもう大勢で利用できるほどの耐久度や安全性を保っているようには見えなかった。

 

「ああ、ごめんなさい説明不足だったわね。麻雀部はこっちの、旧校舎の屋上にあるのよ」
「屋上に?」
「ええ、屋上に。んー……校舎から直接入れるけれど、ペントハウスみたいなものを想像するといいかも?」

 

 ペントハウスというと、ビルの屋上などに建っているのを見かけるあれのことだろうか。使い古された校舎の屋上、というと少しだけ不安な気もするけれど。久さんに手を引かれながら中に入ってみれば、旧校舎とは言っても中の作りはまだしっかりとしているようで、これなら倒壊を怖がったりする必要も無さそうだった。
 ただ……少しだけ埃っぽい旧校舎は、暗がりの中で歩くには相当に怖くて。美穂子は思わず、繋いでくださっている久さんの手をぎゅっと握り締めてしまう。美穂子が不安で足を止めずにいられるのは、久さんが与えてくださっている手のひらのおかげだから。縋るように握り締めてしまうと、久さんのほうからもこれまでより少しだけ強く握り返してきて下さった。
 麻雀部と書かれたラベル。鍵を開けたあと、久さんが手を引いて扉の内側に美穂子を引っ張ってくださると――その瞬間に世界が一変したような気がした。先程まで身を置いていた旧校舎とは打って変わって室内には清潔感が漂っていて、天井にはシーリングファンがゆっくりと回っている。広い室内にはここが長野の片田舎であることを忘れさせるぐらいに瀟洒な世界が広がっていて、美穂子は一瞬我を忘れて自分を包むその世界に魅入ってしまった。

 

「どう、いい所でしょう?」
「……はい、とてもいい所だと思います」

 

 先程と同じ質問の言葉。けれど二度目のそれには、一度目の時以上に胸を張って久さんは訊ねてこられて。
 彼女が自負するものがよく判るだけに、美穂子も素直な気持ちから頷いて答えることができた。