■ 105.「泥み恋情52」

LastUpdate:2009/08/13 初出:YURI-sis

 普段はいつもキスをされるほうばかりだから。こんな風に積極的に優希のほうから仕掛けるなんてあまり無いことで、そのせいなのか……自分から顔を寄せて、求める唇や顔が近づいてくるほどに緊張が高鳴ってくる。キスを待って瞳を閉じていてくれることが唯一の救いではあるのだけれど、受け入れてくれるのだと判っていてもやっぱり緊張を拭いきることはできなくて、とくとくと鼓動を打つ緊張を抱えたまま優希は少しだけ背伸びをしてそっと会長の唇に自分のものを押し当てた。
 触れるだけのキス。短時間で離れてから瞼を閉じると、会長と視線が交錯して射竦められるように優希は動けなくなる。そんな優希を見て、会長はふっと小さく微笑んで見せた。

 

「今日は随分と甘えん坊なのね」
「……約束より三十分も遅刻するほうが悪いじぇ」
「それはごめんなさいね。学生議会が長引いてしまったから」

 

 今度は、優希の頬に会長のほうからもキスをしてきてくれる。
 キスをされると、思考を蕩けさせるその甘さに優希は何も口にすることができなくなる。学生議会の後に会おうって言ったのも会長だし、時間を指定したのも会長なのだから、今日はうんと抗議するつもりだったのに――その抗意も蟠りも、みんな纏めて全部キスひとつで誤魔化してしまうのだ。それもきっと判っていて、狙ってやっているのだから本当に狡い。

 

「私だって、これでも大急ぎで案件を処理してきたんだから。優希に早く逢いたくて頑張ってきたんだから、許して、ね?」
「う、うう……わかったじぇ」

 

 そんな狡い会長の、甘いキスに囁きに。あっさり陥落する優希もまた優希なのだろう。
 優希の顎にそっと触れてくる会長の指先があって、意図するものが判るから優希はそっと瞳を閉じる。暗がりの視界の中で待ち侘びていれば、謝罪の言葉の代わりに優しく唇に触れる感触がやがて感じられてきた。
 好きな人の与えてくれるものには抗うことができない。ましてそれが優希にとってどれほど望んでも止まないものであるならなおさら、その甘い誘惑には抗うことができない。
 だけど、好きになってしまった時点で負けだってわかってるから……会長にいいように負けっぱなしになっている自分の姿が、優希自身にとっても嫌いではなかった。