■ 111.「不倖せは夢の中だけ」
夢から覚めた時には、いつも泣いている気がする。
夢の内容は、いつも覚えていられないのだけれど。きっと垣間見たのは――大事な何かを喪失する夢だろうか。失ってしまったが最後、多くのものは二度と返っては来ないのだということを萃香は長く生きてきた生涯の中で嫌という程に学んできた。だからこれほどの強さを持っている鬼でありながら、萃香にとって失うというのはただどうしようもなく怖いことで。いま触れていられる大切なものから、少しでも目を離してしまうことが萃香には怖くてならないのだ。
「何か、怖い夢を見たの?」
掛けられる声があって、少しだけ萃香は驚く。
けれど、他に誰が居るはずもない。それに、萃香の心を簡単に包み込んで癒してしまうかのような、甘い声は。姿を確かめるようなことをしなくても、萃香には誰なのかよく判っているから。
「……たまに、見るんだ」
「そう」
萃香の目元を、霊夢の指先が拭ってくれる。
熱く目頭に滲んでいた涙。けれど拭ってくれた霊夢の指先は、それ以上に熱かった。
「お茶でも淹れてくるわ。心細いなら、ついてきてもいいけど?」
「そんなこと無いよ。……って言いたいけど、今は甘えてしまおうかな」
すっかり眠気が吹き飛んでしまっていたから、萃香は飛び起きるように勢い良く布団から跳ね起きる。
そんな萃香の様子を見つめて、くすくすと微笑みながら。同じ布団で眠っていた霊夢もまた、静かな動作ですっくと立ち上がった。
「でも、起きていいの? まだ夜明けまでは結構あると思うけれど」
「ま、眠くないと言ったら嘘になるけどね。でも、いいのよ」
「……どうして?」
「だって寝直したら、またあなたが怖い夢を見るかもしれないでしょう?」
さも当然のことのように。そう言って霊夢は萃香よりも数歩先を歩く。
怖い夢を、今でも見る。昔から怖い夢を見る機会は少なくなかった気がするけれど、最近はとみに多く見るようになった気がする。
――でも、それも仕方が無いことなのだとも萃香には思えた。
「霊夢は、優しいね」
素直な気持ちから萃香がそう口にすると、霊夢はくすっと嬉しそうに微笑んでみせる。
「好きな人に優しくしたいと思うのは、当然のことでしょう?」
昔には決して得られなかった、途方もない幸せに今の私は包まれているから。
失いたくないと思う気持ちもまた、昔の比ではないのだから。