■ 112.「泥み恋情54」

LastUpdate:2009/08/20 初出:YURI-sis

「……だめ、よ」

 

 パチュリー様が小さく漏らされた声は、けれどそのまま霧散してしまう。その言葉が反射的なもので、拒む意志が込められたものではないことを知っているから。だから咲夜も、その言葉に従う必要が無いことを予め知り得ているから。
 その証左に、パチュリー様の言葉とは裏腹に咲夜の方から顔を近づけていくと。震える表情の儘、それでもパチュリー様のほうから率先して瞼を閉じて下さるのだから。もしも本当に拒もうとしていらっしゃるのなら、どうして受け入れてなど下さるだろう。――結局の所は、パチュリー様もずっと待っていて下さったのだ。

 

「ん、ぅ……」

 

 書架を背に追い込まれたパチュリー様には、逃げ場も残されてはいない。顔を後ろに引くなんていう、些細な抵抗さえも許されないのをいいことに、咲夜は思う存分に深い口吻けをそこに求めていく。お互いの唇の形が強く押し潰れるほどの口吻けは一方的で、咲夜の唇で塞いでいるパチュリー様の唇の隙間から、喘ぎにも似た小さな声が漏れ出るのを咲夜は聞き逃さない。
 より強い力を込めて、パチュリー様の唇を貪るように求める。咲夜が強気に積極的に求めれば求めるほど、奪われる側であるパチュリー様はより素直に唇を許して下さるかのような――不思議と、そんな感情まで伝わってくるような感覚があった。微かに震えた唇、少しずつ熱を増していく体温。加速していく動悸と乱れていく呼吸。――それらが全て、キスを介して咲夜を感じて下さったことに対するパチュリー様の反射なのだと思うと、震えるほどの歓喜が咲夜の中枢を駆け巡る想いがした。

 

「……随分と意地悪ね」
「はい。でも、ご存じですよね?」
「ま、そうね。……意地悪な咲夜が、私も好きだもの」

 

 キスには、心を素直にさせる魔法が掛かっている。
 もちろんその魔法は、咲夜さえも虜にさせる程の抗えないものだ。