■ 114.「斯く熱めく - 01」

LastUpdate:2009/08/22 初出:YURI-sis

 ――かつては、おそらく。嘘をつくことが『不可能』であるさとり様のことが、空はあまり好きではなかったように思う。正確には好きとか嫌いとか以前に、純粋に『苦手』といった意識の方が強かっただろうか。
 けれども、今では。一切の嘘をつかず、素直な気持ちの儘に求めることができるさとり様のことが、空は好きで好きで仕方が無かった。さとり様には見通してしまう瞳があるのだから、初めから嘘を吐こうという意志を抱く必要さえ空にはない。どうせ心の中で考えてしまった以上は筒抜けなのだから、口にすることを躊躇うことに意味なんてありはしないのだから。
 だから空は、いつだって衝動が導くままに思ったことを伝え、そして望むようになった。さとり様を愛して止まない心を隠す必要はなく、また心の有り様が全て伝わってしまう以上、空がどれほど深く想いを寄せているかをさとり様の方でも正しく認識して下さっていて。一途な想いであると判って下さっているから、さとり様もまた少なからず空のほうへ想いを返してきて下さるようだった。
 空は片時もさとり様のお側を離れなくなった。勿論その意志は恋心から来るものであり、さとり様も全てを承知の上で空をいつも傍に置いて下さった。眠られる時にも、湯浴みの時にさえ、空はさとり様のお側から離れはしない。それほど執拗な空を、けれどさとり様も僅かにさえ疎ましい表情をせずに許して下さっていた。
 薄い寝間着一つだけの格好のさとり様を見て。あるいは湯浴みに伴って空の眼前に全ての肌を晒しているさとり様を見ているうちに、いつからか空は愛情とは全く別個の騒めきたつ感情があることに気づくようになった。その正体が何かは判らないのに――けれど、さとり様のことをより身近に感じるようになり、より深く深く愛してしまうようになると尚更、その異質な感情は空の中ではち切れんばかりに膨らむようになっていった。
(私の心が伝わるのなら、この不可解な気持ちもさとり様には伝わっているのだろうか?)
 そう思って、空はこの感情についてさとり様に訊ねてみた。この気持ちがさとり様にも伝わりますか、と。この気持ちの正体が何かご存じでしたら、教えて頂けませんかと。
 空がそれを言葉にして訊ねた瞬間、さとり様は――おそらく、これほど積極的に空があらゆることを求めるようになって初めて、言い得ぬ躊躇いのような表情を浮かべてみせられた。数秒、あるいは十数秒にも及ぶ程もの間さとり様は悩みに悩み抜いて……ようやく、顔を上げて空に向かって返事を返して下さった。

 

「……空が持っているその気持ちは、私も持っているものです」

 

 そう、前置きしてから。
 小さく深呼吸をひとつしたあと。真摯に空の瞳を見据えて。

 

「それは――愛しているひとを、自分だけのものにしたいという欲求です。愛している人と誰よりも深い次元で繋がって、愛している人を誰よりも自分の存在で狂わせて、お互いにお互いのことしか考えられないようにしたいという征服欲と被征服欲が入り交じった感情。……つまり、性的欲求です」

 

 顔を真っ赤にしながら、さとり様はそう告げて下さって。
 こくん、と小さく喉を鳴らしてから。さらに言葉を続けられた。

 

「先程も申しましたが、その気持ちは私も持っているものです。……で、ですから、空。もしも、貴方さえ良いのでしたら」
「は、はい」
「その、私と……えっちなことを、一緒にしませんかっ」

 

 耳まで真っ赤にしながら、必死にそう伝えてきてくれたさとり様の言葉は。
 いつも空から求めるばかりであった私達の関係に置いて、初めてさとり様の方から求めてきて下さったものであり。同時に――どんな言葉や行動よりも真摯に、さとり様から空のことを求めて下さる言葉でもあった。