■ 121.「斯く熱めく - 08」

LastUpdate:2009/08/29 初出:YURI-sis

 小さく細い瞳から真っ直ぐに見つめられて、空は急に頬や顔が熱くなってきたのを感じてしまう。心の中では何度も唱えていたことだし、その都度さとり様に伝わっていたのだろうから今更なのかもしれないけれど……空の方から言葉に出して『好き』だと訴えたのは、これが初めてのことかもしれなくて。殆ど直情的に吐き出していた自分の言葉に、今更ながら少しだけ恥ずかしくなってしまったのだ。
 そんな空の動揺を見て、さとり様は可笑しそうに小さくくすくすと笑ってみせて。笑われるのもやっぱり恥ずかしいことではあるのだけれど。それでもさとり様が笑って下さるというだけで、空自身も嬉しい気持ちにさせられてしまうから不思議だった。

 

「そうそう、ひとつだけ訂正しておきますが。……空の想いは、ちゃんと私にも伝わっていますからね」
「で、でしたらどうして、もっとご自分を大事にして下さらないのですかっ……。私がさとり様のことを好きなのは、昨日今日のことではないのに」
「……すみません。私が、結局自分を好きになれていなかったということなのでしょうね。空が私を好きだと心で伝えてきてくれればくれる程、何だか却って申し訳ない気持ちになっていたりもしたのです。嫌悪されるべき私を、空が好きだと言ってくれるのは……なんだか、あなたのことを騙しているみたいな気がして」
「騙す、だなんて……」

 

 有り得ないことだ、と思えた。空は空なりに、普段からさとり様の傍で有りの儘の姿を見つめ続けているのだから。生活を共にする相手を騙すだなんてこと、簡単にできることではないのは明白な事なのだし。……そもそも、さとり様が親しい相手に嘘を吐けるようなお人でないことは、空だって十二分に承知していることなのだから。

 

「私はちゃんと、本当のさとり様を存じ上げておりますから。……騙されたりなんて、しません」
「そうですか。……そう、ですね。いつも誰より私の傍に居てくれるのは、空なのですから」
「はい。さとり様のことでしたら、誰よりも詳しい自信がありますし」
「ふふっ、確かに空は誰よりも私のことをよく知っていて下さるような気がします。……もしかしたら私自身以上にさえ、私のことを理解していて下さるのかもしれませんね」
「そ、そうですよ! ――さとり様がどんなに優しい人であるか、私がちゃんと知っていますから。だから……どうか、ご自分のことを疑ったり貶めたりなさらないで下さい」
「……はい、そうですね」

 

 くすりと、小さくさとり様が微笑む。
 その微笑みは、今までに見る機会があったどんな微笑みよりも柔らかく、幸せな笑顔に満ちていて。――さとり様がこんな風に笑って下さることの、ほんの少しでもお役に立てたのかなと思うと。笑顔を見つめる空のほうこそが、それ以上に途方もない幸福感ばかりに満たされる思いだった。