■ 122.「斯く熱めく - 10」

LastUpdate:2009/08/30 初出:YURI-sis

「私はこれまで、自分を大事にできませんでした。自分を信じることさえ、できてはいませんでした」
「……でも、これからは違うんですよね?」
「はい。空が、私のことを全部護ってくれていましたから」

 

 小さく、けれど力強くさとり様は頷いて答えて下さる。
 ご自身の胸元に宛がう手のひら。覆われたその裡に、秘められたさとり様の心があるのだろうか。

 

「私が大事にできない私自身を、空がずっと護って大事にして下さいました。私が信じることのできない自分自身を、代わりに空が誰よりも信じていて下さいました。……誇張でもなんでもなく、さとりである私が今でも自棄にならずにこうして自分を許して生きていられるのは。全部あなたの、お陰なのかもしれませんね」
「……そのようなことは。ですが、少しでもさとり様のお役に立てているのなら、私も嬉しいです」
「立っていますよ。空がここに居てくれなかったら、私は今どうしていたでしょうね……」

 

 さとり様の索漠とした瞳が、虚空を捉える。
 そこに私が居ない世界が馳せられているのかと思うと、わけもなく空の心は淋しくなった。

 

「そんな想像、しないで下さい。……私はどこにも行きませんし、行く宛もありません。ずっとさとり様の傍で、さとり様の為に生きたいと思っておりますから」
「でしたら。私にも、空の為に生きることを許しては下さいませんか」
「――え?」

 

 淋しさに、心が揺れていたからだろうか。その時の空は、決して俊敏とはいえないさとり様の行為にも、まるで反応できなくなってしまっていて。静かに寄せられるお顔に、まるで気づくことも出来ないまま。ごく容易く、唇を奪われてしまっていた。
 僅かに一瞬だけの触れ合い。それだけでも、柔らかすぎる感触と小さな熱が空の唇に宿るように残されていく。愛おしい熱と感触は、空の中に欲望めいた何かを呼び起こさせてしまって、すぐに離れてしまったさとり様の唇が――酷く、惜しいもののように感じられていた。