■ 126.「斯く熱めく - 13」
  
  
 熱い物が喉元に込み上げてくるような、そんな感覚があった。嚥下しようとする意志とは裏腹に押し返すように溢れるそれは、気持ちごと長い間封じてきた反動からだろうか。
     それでも、目の前でさとり様本人が許して下さっているということ。そして何より、自分自身の意志が勝って、空はもう言葉を抑えていることができなくなってしまった。
「さ、さとり……」
    「――はい、空様」
    「うぇっ!? う、空様だなんて呼ぶのはやめて下さいっ! さ、さすがに抵抗が!」
    「それは残念です。……仕方有りません、空が呼び捨てで呼んで下さっただけでも良しとしましょう」
 にんまりと勝ち誇った笑みを浮かべるさとり様に、もう空は何も言えなくなってしまう。
     いいように誘導されて、気づけば呼び捨てで名前を言わされてしまっていて。完全にさとり様の思い通りにことを運ばされたような感覚があるのに。……不思議と、それも嫌な感覚ではなくて。
     ううん、もう(嫌ではない)と意識することさえ嘘になってしまうぐらい。明らかにそれも、空にとって(嬉しい)と思えてしまうことに他ならなかった。
「好きですよ、さとり」
    「――はわっ!? き、急にどうしたのです、空」
    「あは、言いたくなったもので、ちょっと主人っぽく言ってみただけです」
    「び、びっくりさせないでください……」
    「でも、私のその気持ちが嘘じゃないってご存じですよね? それに……好きだから、我慢もできなくなってしまいます」
 すっかり話し込んでしまっていたけれど。思い出したように空は、再度さとり様の衣服に指先を触れさせていく。
     その感触にか、ぴくっと一瞬だけ緊張を走らせたさとり様の躰は。けれどすぐに、空に総てを許してくれるかのように、緊張を解いて指先を受け入れてくれた。
「――脱がしてしまいますよ、さとり」
    「はい。……空、あなたの好きなように」
 薄桃のシャツに指先をかける。
     薄い薄い生地のそれは、少しだけ汗を纏わせた重さを持っていて。さとり様も緊張しながら誘ってくれていたのだと判ってしまうだけに、嬉しさはより明瞭に空の心に溢れてくるかのようだった。