■ 127.「斯く熱めく - 14」

LastUpdate:2009/09/04 初出:YURI-sis

「……寒くは、ありませんか」

 

 さとり様の方から一度上体を起こして下さったから、シャツを脱がせるのは簡単なことだった。汗ばんだシャツが少しだけ肌に張り付いたりもしたけれど、丁寧に脱がせる空の指先にはそれも些細な問題にしかならなくて。
 ただ汗をかいていらっしゃるからには、脱がせたことで躰が冷えてしまわないだろうかと、それだけが空には心配で。覗き込んだ空に、けれどさとり様はふるふると左右に首を振って否定なさった。

 

「寒くはありません。……熱いぐらいですね」
「……熱い、ですか」
「はい。なんだか心の深い場所がぽかぽかして、ちっとも寒くならないんです」

 

 そう告げたあと、上手く伝えられませんね、とさとり様は苦笑気味にはにかんで見せるけれど。
 言葉では確かに上手く伝えられていないかもしれなくても、空には正しく理解できるような気がした。

 

「私も同じ感覚です……。なので、さとり様のお気持ちは判るような気がします」
「……そうですか。そういうものなのかもしれませんね。ですが空、ひとつだけ」
「はい?」
「また私の名前を呼ぶのが、『様』付けに戻っていますよ?」

 

 確かに、無意識のうちに『さとり様』と呼んでしまっている自分に、指摘されて空ははっと気づく。……だけど、やっぱり急に呼び方を変えるだなんていうのは難しいことなのだ。なにしろ、まだ力を持たないただの地獄烏に過ぎなかった頃から、ずっとずっとそうお呼びしてきたのだから。
(そういえば……)
 ふと、空は思う。空が考えていることは、そのまま『心の声』になってさとり様に届いているはずで、そうすると心の中でも空はさとり様のことを『さとり』と、呼び捨てにお呼びしなければならないのだろうか。

 

「……ふふっ、そうですね。できれば心でも呼び捨てにして頂けると嬉しいです」
「難しいですよ、それは……」
「はい、難しいと思います。ですが私達には、これからも長い時間があるのですから」

 

 さとり様は、それ以上を言葉にはなさらなかったけれど。
〈だから、空も頑張って慣れて下さいね?〉
 そう続けて伝えて下さるさとり様の心の声が、空にも聞こえるような気がした。