■ 156.「泥み恋情56」

LastUpdate:2009/10/03 初出:YURI-sis

 焼き魚とお吸い物。夕飯を食卓に並べて、ちょうどこれから頂こうかという時に。
 隣から撓垂れかかってくる身体に押されて、霊夢の身体は畳の上に組み敷かれる。顔も頬もを真っ赤に染め上げながら、霊夢の目と鼻の先で萃香が少しだけ困ったような顔をしていた。

 

「驚かない、んだね」
「……さすがにご飯の時に押し倒されると思わなかったから、びっくりはしてるわよ?」
「それだけなんだ……これでも結構勇気が必要だったんだけどなあ」

 

 あはは、と力なく笑ってみせる萃香。確かにこんな状況であれば驚きのあまりにパニックに陥ってもいいぐらいだとも思う、それなのに自分でも意外なほど驚きは心を揺らさないらしかった。
 もしかしたら、いつかはこうした瞬間が訪れることを予期してさえいたのかもしれない。――萃香が寄せてくれている想いには、随分と前から気づいていたから。
 真っ直ぐで繊細なその気持ちを感じる都度、どこか心地よく心が満たされていく感覚を霊夢自身好ましくさえ思っていたのだ。力に分のある萃香ならいつでも霊夢の身体を押し倒すぐらいは容易なことであるはずなのに、今まで決して萃香は積極的な形で霊夢のことを求めようとはしなくて。けれど、それだけに自分のことを大事に思ってくれている真摯さを霊夢は感じ取ることができていて。
 そうした優しさや想いに触れる度に、感化されていった心が無いと言えば嘘になってしまう。

 

「抵抗しないのは、ダメじゃないってこと……?」

 

 どこか申し訳なさそうな口調で告げる萃香。勢い余って行動に出てみたはいいけれど、やっぱり萃香らしい優しさは捨て切れていないのだろう。もしも霊夢が拒否したり抵抗したりすればすぐにでも離してくれそうな、そんな真面目とも消極的とも取れる意志が汲み取れる気がした。
 萃香の指摘する通り、こんな状況なのに霊夢には抵抗したいという意志を抱くことができなかった。押し倒されて、それでいて抵抗しないというのは――確かに抱かれることを容認しているようなものだと思うのに。判っていてなお抵抗の意志が生まれないのは、結局の所は私もそれを待ち望んでいたと言うことなのだろうか――。

 

「――試してみる?」
「う、うんっ」

 

 敢えて挑発的な台詞を選んでしまうのは、私なりの強がりなのだろうか。
 こんな時なのに。(お夕飯が冷めてしまいそうなのが少しだけ残念だなあ)なんて考えてしまう程に余裕のある私は、結局は萃香とこうした関係になることを随分と前から当然のことのように意識さえしていたのかもしれなかった。