■ 157.「涼秋」

LastUpdate:2009/10/04 初出:YURI-sis

 数ヶ月前の、まだ上埜さんとの再開なんて夢にも思わなかった頃の私に。数ヶ月後の私が――つまり今の私が『上埜さんと交際するようになっているのよ』だなんて教えたら、いったいどんな顔をするのだろうか。
 交際を始めて、はや一ヶ月。それだけの時間を経ていてなお、まだ現状がどこか夢みたいに想えてしまって慣れることができていない私が居るぐらいなのだから。きっと、さぞ驚いたに違いない。

 

「……何か、昔のことを考えていた?」
「判ります?」
「少し、懐かしそうな顔をしていたからね。なんとなくそう思ったの」

 

 待ち合わせ時間ちょうどに現れた久さんは、既に待っていた美穂子にそう言いながら声を押し殺すようにくつくつと笑ってみせた。
 週末の都度に逢う日が続いている。先週は清澄の最寄り駅で、そして今週は風越の最寄り駅で逢う約束になっていた。いつもより長めに感じた夏がすっかり終わって秋が近づいてきたせいか、先週とは違って秋物中心のコーディネイトに身を包んできた久さんは、とても大人の女性らしい魅力に包まれているようで。その凛々しい格好に、改めて心惹かれずにはいられない自分を美穂子は静かに胸の裡に感じていた。

 

「待たせてしまって悪かったわね。少しだけ、電車が遅れたみたいだったから」
「ちゃんと時間通りですよ。……それに待つのも好きですから、多少遅れても気にしないで下さい」
「そう? ならいいのだけど」

 

 駅前のベンチに腰掛けていた美穂子に、すっと差し出される手のひら。
 その意味を理解して、美穂子も愛おしく手を取って立ち上がる。

 

「涼しくなったお陰で、手のひらを繋いで歩くのも苦じゃ無くなったわね」
「ふふっ、暑かった先週も先々週も、久さんのほうから繋いできたんじゃないですか」
「そうだったかしら? ……ま、暑いのを我慢して繋ぐのも、あれはあれで楽しかったのよ」
「……そうですね。私も、あれはあれで幸せでした」

 

 けれど涼しくなった今だからこそ、繋いだ手のひらから伝わってくる温かさが呼び起こす幸せがある。
 冬の気配を感じる空気に紛れて、少しだけ冷たくなっていた美穂子の手のひらを。久さんのぽかぽかの手のひらが、あっという間に心ごと温めて下さるような気がした。