■ 158.「泥み恋情57」

LastUpdate:2009/10/05 初出:YURI-sis

 こなたの部屋になんて、今まで何度だって上がったことがある筈なのに。つかさやみゆきが一緒の場合も多かったし、今日みたいにひとりきりでこなたの部屋に上がったことだって少なくない筈なのに。……なのに、どうして今日ばかりは心がこんなにも震えて止まらなくなってしまうんだろう。
 何か飲み物を入れてくると言って部屋を出たこなたに置き去りにされた私は、ひとり見慣れた親友の部屋で悶々と普段通りでいられない自分に対して苛立ちにも似た気持ちでごちる。こなたのベッドがちらちらと目に飛び込んできては変に想像を掻き立てられてしまう自分が、どうしようもなく恥ずかしくて消え入りたい心地にさえなってしまいそうだった。
(――理由なんて、明らかなんだけどね)
 自分で評するのもなんだけれど、何事にもそれなりに冷静で向き合える自分をかがみは知っていた。感情はすぐに態度や言葉になって表に出してしまうけれど、そうしたアクションをしながら心の裡ではいつだって努めて冷静な自分の姿を意識するようにさえしていた。
 なのに、そんな冷静を保つことに慣れている筈の自分が、今はこんなにも心揺さぶられてしまっている。当たり前だけれど親友の部屋を訪ねる程度のことで、緊張なんて覚えるはずがない。それなのに心の動悸を止めることができないのは。今日、かがみが訊ねてきたのが……他でもない、その『親友』の関係に終止符を打つ為のものだからだ。

 

 

「お待たせー。結局お茶ぐらいしか準備できなかったんだけど」
「あ、うん。……ありがと」

 

 なるべくいつもの調子を装いながら、平静な自分を演じながらこなたからグラスを受け取る。
 受け取った緑茶はグラスの上からでも冷たくて、一口だけ含んでみれば、その冷たさに少しだけ心が落ち着いてくるような気がした。

 

  『今日、あんたの家に寄っていい? ちょっとだけ大事な話があるから』

 

 学校でそうお願いして、こうしてこなたの家まで来たのはいいのだけれど。
(一体……どうやって話を切り出せばいいのだろう)
 想いを伝えなければいけないと思うのに、それを伝える為の上手い言葉が思いつかない。
 話をする為に来訪させて貰った筈なのに、なかなか話を切り出すことさえできないなんて……きっと、こなたも呆れていることだろうに。

 

「……かがみ、さ。最近ちょっとだけ、様子が変だよね」
「えっ。……そ、そうかな?」

 

 言い当てられて、どきりとする。
 確かにここ最近は、とうとう意識してしまった自分のなかの感情のせいで、自分でもどうにかしていたと思う。

 

「うん、私にはそう見える、かな。……今日かがみが何の話でうちに来てくれたのかは知らないケド、聞けることなら聞くし」
「――多分、言ったら少しだけこなたを困らせてしまうかもしれないけれど」
「別に、そんなの気にもしないって。普段私がどれだけかがみを困らせてると思ってるのさ」

 

 そんな風に、少しだけおどけていってくれる言葉。
 言葉の真意に込められた優しさが判るだけに。私はまた、何度でもこなたに恋をする自分を意識する。

 

「……あ、あのね、こなた」
「うん」
「わ、わたし、ね。私ね、こなたのことが……好き、みたいなんだ」

 

 優しいこなたを困らせてしまうのだとしても。
 留めることができる程度の想いなら、私だって初めからこんなにも悩んだりしていないのだ。自分を変えてしまう程の始末に負えない想いは、ぶつけることでしか昇華させることなんてできはしないのだから。
 困らせるだけにしかならないのだとしても。かがみは想いの儘に訴える自分の姿を、そのまま愛する人に示すことを選ばずにはいられなかった。