■ 161.「泥み恋情58」
  
  
 途方もない時間を生きていても、傍に誰か居て欲しいという夜は相応の頻度で訪れる。いつもより少しだけ冷え切った夜、天幕が雲で埋め尽くされて僅かな星さえ望めない夜、あるいは……少しだけ昔を懐かしんでしまったりして感傷的な夜。ふとしたきっかけなんていうものは幾らでも転がっていて、寂寥はいつも予期せぬタイミングでパチュリーの心に襲いかかってくる。
     そうした時に、いつも同じ人が傍に居てくれるという心強さは果たしてどれほどのものであろうか。契約をしている間柄なのだから、彼女からすればパチュリーの傍に居てくれることなんて当然のことであるのかもしれないが。――だからといって(有難い)と心底から想うパチュリーの感謝が目減りすることにはならない。
     いつもパチュリーの傍に居てくれる従者、リトル。
     契約の為に召還し、初めてリトルの姿格好を目の当たりにした時には、到底悪魔とは思えない小柄な体躯や平凡的な魅力に溜息さえついたものだけれど。いまは……そんなリトルの風貌ひとつにさえ、愛おしいものを感じないでは居られなかった。
     もちろん契約に基づき司書として使役し、生活を共にするようになって優しさや繊細さを初めとしたリトルの美徳は自ずと数多知れるようになった。パチュリー自身、召還に於いて彼女と巡り会えた僥倖を幾度となく感じるようにもなったものだ。
     召還と契約を通じて。パチュリーの生活の大部分にリトルと過ごす時間が食い込んできて、ひとつリトルのことを知る度に彼女の魅力についてもまたひとつ学んでいる自分を、意識さえしていた。
     まして長すぎる時間をリトルの傍で過ごしてしまっているのだから――。自身の胸元に手のひらを宛がい、パチュリーはしみじみと思う。いつしかリトルのことを愛するようになってしまった今の自分は、訪れるべくして訪れた当然のものであると。
「なんだか今日は考え事が多いですね、パチュリー様」
 数冊の本を抱えながら、不意にリトルが声を掛けてくる。
     確かに今日は、リトルのことばかりを考えて時間を過ごしていたかも知れない。
「そう見える?」
    「はい。お読みになっている本も、随分と前からページが進んでいないようですし」
    「なるほど……確かにそうかもしれないわね」
今朝起きてからずっと本を開いていた筈なのに、ページ数はまだ三桁にも及んでいない。そもそもここまで読んだ僅かな分量の内容も殆ど頭に入っていないのだから、いかに惚けていたのかということが自分自身でもまざまざと理解できてしまうというものだ。
「あなたのことを考えていたわ」
    「はい?」
    「だからね、今日一日ずっと。私は……リトルのことを考えていたのよ」
 特別なあなたを、特別に想っている。
     真摯なまでのその想いが。普段よりも少しだけ特別な意味を孕んだ言葉を、無意識のうちにパチュリーの口から零れさせていた。