■ 162.「隣根転生」

LastUpdate:2009/10/09 初出:YURI-sis

 愛情は、唯感情のひとつでしかない。故に罪科を問う酌量としては加味されず、本質愛によって引き起こされたあらゆる罪は過失には当らず、遍く故意によって為された犯行として見なされる。
 その基準の有り様を疑うわけではない。判断材料として故意意志の以外として扱ってはならないものであるということも判っている。
 だが――愛情はそれほど単純でなく、且つ容易に自制できうる感情でないこともまた、映姫には正しく理解できてしまっていた。善悪について誰より明確な基準を把握している私でさえ、愛する人に罪を嗾されたなら、はたしてそれを強く拒絶することができるだろうかと思えてならない。
 人や妖怪が為しうる最も度し難き罪は、自分で自分自身を殺めることだ。生を受けた果報を理解することなく、短慮によって総てを無駄にする愚行。特に新たな生を継がず自身を殺めた者に下る罪科は、他のどのようなものより酷で深い。
 けれど、そのような最悪の罪でさえ。愛する人に望まれたなら、私は犯さずにいられるだろうかと思う。今や人と妖怪が一定の共存を確立してしまった現代に於いて、映姫が愛して止まない彼女――稗田阿求が転生を以て生を継ぎ、成し遂げんとしたことの意味は。果たしてどれ程残されているのか――。

 

「――私と、共に死んで下さいませんか」

 

 もしも、万に一つでも阿求にそのようなことを望まれたなら。
 私はきっと、迷いさえせずに差し出されたその手を取るのだろう。

 

 

 

 

 

 映姫の話に途中まで真剣に耳を貸していた彼女、稗田阿求は途中から明らかに(聞くに値せぬ)という意志を露わにするかのように溜息を吐きながら面白くなさそうに、けれどそれでも最後まで映姫の話を聞いていてくれた。
 きっと話し終わるや否や罵倒の一つも飛んでくるのだろうな、と思った映姫の判断は正しく。案の定適当な折まで話を終え映姫が言葉を区切るや否や、阿求はすうっと大きく息を吸い込んでみせて。

 

「あなたは、本ッ当に馬鹿な人ですね!」

 

 度を超して爽快にさえ感じられるぐらいの言葉で、精一杯の罵言を映姫にぶつけてきてくれた。

 

「……やはり、私は馬鹿ですか?」
「ええ、馬鹿です。大馬鹿です。恋人である貴方がこれほど愚かしいことに、私のほうが消え入ってしまいたいぐらいに恥ずかしくなる大馬鹿者ですよ」
「そ、そこまで言わなくても……」

 

 罵倒の言葉は予測していたものであったとはいえ、あまりの物言いに映姫はしゅんと項垂れる。阿求が怒ってくれるのは私の為のものであると判るから、言葉自体は嬉しいものでさえあるのだけれど。今日の仕事中に悩み続けた私の総てが否定されたみたいで、ちょっとだけ悲しくもなってしまったのだ。

 

「確かに、幻想郷縁起は最早その意味を為していないのかも知れません。それは事実ですし、幻想郷縁起が陳腐化してしまえば私が転生を繰り経てまで作成に従事する意味さえ失われてしまうのも事実でしょう。それは認めます。――ですが、だからといって私が死を求めるという映姫の安易すぎるその考えが、短慮も短慮であると私は罵らずにいられませんよ」
「……そ、そうなのですか?」
「ええ、そうですとも。……確かに私は映姫と添い遂げたいと、心の底から思っています。そういう意味では、確かに共に死を目指すというのも本懐を為すひとつの方法ではあるのかも知れませんが」

 

 阿求の言葉に深く頷いて応える映姫。
 その映姫の額を、ぴんっと阿求が人差し指で咎めるように弾いた。

 

「でしたら。どうして『一緒に死ぬ』のではなく、『一緒に生きる』という道を映姫は考えないのですか」
「一緒に生きる……ですか? ですが、私とは違って人の身である阿求には」
「ええ、そうですね。転生を繰り返したとはいえ、この躰は人間の躰。寿命という者がおよそ無いと言っていい映姫の傍に、いつまでも居られる躰ではありませんが。……ですが、私には転生を何度でも繰り返すことができるではありませんか」
「幻想郷縁起を書くという目的を失っても、阿求は転生を繰り返すことができるのですか?」

 

 本心の疑問から、映姫はそれを口にする。
 けれど阿求は殆ど迷うことさえなく、映姫の問いに頷いて答えてみせた。

 

「……幻想郷縁起に最早価値が無いことなど、映姫に言われるまでもなく私がよく理解しています。ですが、この幻想郷にとって私の本がどれほど無価値なものに成り果てようと、私は書くことを辞めるつもりはありませんよ。――勿論、転生することも」
「それは、何の為にですか……?」
「そんなの、決まっているじゃないですか」

 

 真っ直ぐな瞳に見つめられて、一瞬映姫はどきりとする。

 

「映姫と一緒に居る為にですよ」

 

 少しだけ照れくさそうな顔で。
 けれど本心から口にしてくれるその言葉が、映姫にはどんなにも有難かった。