■ 164.「誠実と純真」
「の、飲むって。……こ、こんな如何わしいものを?」
「うん。如何わしいものだから、椛と一緒に飲みたいんだよ。だって、椛……正真正銘私の恋人なのに、キス以外は何もしてくれないでしょう?」
「そ、それは……」
確かに、キス以上を椛は求めたことが無い。それ以上を求めたいと思う気持ちが無いわけではないし、求めればにとりは応えてくれるだろうとも思ってはいても。――果たして恋人関係になれているとはいえ、どういうきっかけで求めればいいのかが判らないからだ。
にとりのことをより深く愛したいという思いはある。けれどそれ以上に、彼女の恋人として誠実に求めたいという想いもまた椛にはあった。だから……元々の真面目な性分も災いしてか、これまでずっとにとりにキスを超過した行為を求めることができないでいたのだ。
「あのね、付き合い始めてもう長いのに、恋人が何もしてくれないと……女の子は不安になるんだよ?」
「そ、そうなのか」
彼女を不安にさせていたという事実を、椛は心底から申し訳なく想う。誠実であろうとする自分の在り方は椛自身嫌いではないのだけれど、それを貫くために彼女を不安にさせていたのでは本末転倒というものだ。
テーブルの上に置かれた『えっちな薬』。心の箍か何かを緩めるのか、それとも性欲を高めるのか……そうした薬に頼れば、確かに自分の理念に恥じ入ることなくにとりのことを抱くことができるのかもしれないとも思う。思うけれど……そうした薬に頼った求め方をしてしまうのは、少しだけ怖いことのように椛には思えた。
「……こんな薬を飲んだら、一体私はにとりに何をしてしまうか」
「何をしてくれても、いいんだよ。だって私は、椛の恋人だからさ」
そこまで愛する人に言わせて、何を迷うことがあるだろう。
小瓶を手にとって蓋を開けると、何かが饐えたような匂いがした。近くで見つめると薄紫色というものは毒々しく見えて、椛は少しだけ躊躇もしてしまう。
だが、彼女に不安を感じさせていたことを恥じる想いが、椛にその躊躇さえ振り払わせた。
「いいんだな?」
「うん」
小瓶の中身を、呷るように一気に口腔に含んでから。
にとりの唇に椛は自分自身の唇を重ねていく。仄かに甘い薬液を半分は自分で飲み込んで、もう半分は口移しの要領でにとりの口腔に流し込んでいく。