■ 165.「誠実と純真」

LastUpdate:2009/10/12 初出:YURI-sis

 それが薬の力なのかどうかは判らないけれど。今まできっかけこそあっても何度と無く自制してきた行為を、椛はこの日初めて躊躇することなく実行に移すことができた。にとりの私室にあるふかふかのベッド、その上に彼女の躰を押し倒したのだ。
 覚悟も決心も椛には必要なく、気づけば魅力的すぎるにとりをベッドの上に組み敷いていた。元々力の上では椛の方に圧倒的に分があるのだから、にとりの躰は殆ど為すがままに押し倒される。それに……彼女は抵抗らしい抵抗もせずに、笑顔の儘でいまも押し倒した椛の顔を見つめてきてくれていた。
(……これが薬の力なら、恐ろしいものだ)
 彼女を求めたいと想う気持ちを、理性に抑圧されることなく正直な形のまま自分の中で保つことが出来ていることが、他ならぬ椛自身にも強く意識できていた。にとりが『えっちな薬』と呼んでいたそれは、椛を必要以上に淫らな気持ちに駆り立てたり、或いは性欲を掻き立てるといったことも無かったけれど……薬の力なのか、いつもよりも少しだけ素直になれている気がする。

 

「嬉しいね、こういうの」
「そ、そうかな?」
「うん、嬉しいよ。だって私も、ずっと椛にこういうことをされたかったんだから」

 

 素直になれない心が、果たして今までどれほど彼女を苛んできたのだろう。遠慮は優しさにはならず、躊躇は美徳でなどありはしないというのに。言葉では随分と恋人同士であることを誓い合った私達だけれど、まだまだ私達はお互いが望む恋人像から懸け離れた関係しか築けては居なかったのかもしれなかった。

 

「……少し、えっちな私になる努力をしてみてもいいかな?」

 

 恋人関係の進化を望むなら、まず私の方から変わらないと。
 椛のそうした想いを、装いもしない率直な言葉でにとりに伝えてみる。

 

「努力って……。努力しないと、椛はえっちにはなれないの?」
「ホントは元から結構えっちなんだけどね。だけど……にとりは、大切な大切な恋人だから。宣言することで自分を許してあげないと、なかなかえっちなことができない臆病者なんだ、私は」
「そ、そうなんだ?」

 

 にとりは、少しの間きょとんと瞳を大きく見開いて見せたあと。
 けれど今度は少し可笑しそうに、くすっと笑いながら椛に頷いてくれた。

 

「うん、いいよ。えっちな椛にも、私はずっと愛されたいって思ってたからね。こんなこと言うのもちょっと変なのかも知れないけれど……私にえっちなこと、何でもしてくれていいよ」

 

 純真無垢な瞳で。けれど、ちょっとだけ過激なことを口にしてみせるにとり。
 彼女がそんな風に椛に総てを許してくれると言うことが、私を恋人として思っていてくれることの何よりの証左に思えて。えっちにならなきゃいけないのに……嬉しさで顔が最上級の笑みに綻んでしまうのを、椛は抑えていることができなくなってしまった。