■ 168.「誠実と純真」

LastUpdate:2009/10/15 初出:YURI-sis

 情欲に猛る心。きっとそれも昨日までの自分なら何も考えずに先ず抑圧し、自制するだけで何事もなかったかのように潰えた心であっただろう。けれど……椛はもう、自分がにとりに対して抱く感情を封殺するつもりはなかった。感情を抑えつけ、無かったことにすることで却って傷つけてしまう心もあるのだということを、今は知っているから。

 

「続き、しちゃうね……?」

 

 問いかけた椛の言葉に、にとりは何かを口にしようとして。けれど唇だけは動くものの言葉は言葉にならず、彼女の吐息だけが椛の耳元には届いた。恥ずかしいのか、それとも緊張してくれているのか。言葉は音を纏うことが出来ず、代わりににとりは力強く頷くことで椛の問いに肯定の意を示してみせた。
 意を決してさえしまえば下着を脱がすことなんて容易いことで、瞬く間に椛はにとりを一糸纏わぬ格好にまで脱がし尽くしてしまう。にとりのお腹、乳房、そしてお尻や下腹部。そういった普段は秘匿されている場所が次々と露わになることで、椛の指先はいつからか震えるばかりになっていたけれど、そうした拙い指先であっても脱がすだけならそう難しいことではなかった。
 筋肉が目立つ椛の躰とは違って、女性らしい丸みを帯びた躰が視界一杯に飛び込んできて。
 ――気づけば、椛は精一杯の力でにとりの躰を抱き締めてしまっていた。

 

「そんなに力強く抱き締められると、少しだけ痛いよ」
「……済まない。離した方がいいだろうか」
「ううん。椛の好きにして」

 

 言葉に甘えて、椛はぎゅっとにとりの躰を腕に拉ぐ。
 こうして抱き締めていると彼女と少しでも同一のものに近づけたように思えて、嬉しい気持ちばかりが椛の心には溢れてくる。彼女と同じように椛もまた裸であればより強くその感覚を意識できたのだろうかと思うと、恥ずかしいという感情よりも惜しいと思う気持ちの方が先に立った。

 

「……好きな人に抱き締められるって、いいね」
「そ、そうかな。でも……さっき痛いって言ってなかった?」
「うん、それは今も痛いよ。でも、痛いぐらい抱き締められるって、とても倖せなことなんだ」

 

 そう告げると、にとりの腕が椛の躰に回されてきて。ぎゅっと力強く抱き締め返されてしまう。
 痛いという程ではないが、少し不自由できつい締め付けが全身を包むと、心の深い場所から生まれ出てくる鈍い倖せがあった。それは立ち所に椛の裡を埋め尽くして、なるほど心を倖福感ばかりで容易く満たしてしまう。
 唯一、やっぱりどうしても椛が身につけている衣服だけが邪魔な存在に思えてならなかった。にとりにとってもそれは同じだったらしく、やがて互いの躰が離れると少しだけ恨めしそうな目つきをしながら、指先で椛の服の袖口を引っ張ってきてみせて。

 

「いいよ、脱がして」

 

 だから椛も、にとりにそう答えながら微笑んで見せる。
 お互いを感じる為に邪魔になるだけのものなんて、何一つ必要ではないからだ。