■ 185.「泥み恋情」

LastUpdate:2009/11/01 初出:YURI-sis

「あら珍しい、ワイン?」

 

 図書館で資料漁りに籠もっていたアリスの元に、咲夜を介してレミリアから伝えられた夕餉への招待。勿論断る理由もないから時間通りにレミリアの私室を訪ねたアリスは、テーブルの上に数本置かれたボトルを目にして純粋に珍しい気持ちに駆られた。

 

「ええ、人里で良さそうなのを咲夜が見かけて調達してきてくれたから、偶にはね。あなたもいけるのでしょう?」
「……私達の周りに下戸なんて居ないでしょう。蟒蛇ばっかりよ」
「あははっ、違いないわね」

 

 宴会に参加する人妖は皆、馬鹿みたいに酒に強い。文字通り酒を呷り続ける者も居ればアリスやレミリアのようにちびちびと遣るのが好きな者もいるけれど、本質的には誰しもが酒には強いということをアリスは良くしっていた。何しろ宴会は長いと朝まで続くこともざらであるし、酔い潰れる者も殆ど見た記憶が無いぐらいなのだ。

 

「あなたとなら美味しい酒が飲めると思ってね」
「そう言って頂けるのは光栄ね。お酒の味が判るのか判らないのか、とかくがぶ飲みしたがる輩も多いから」
「――どこぞの鬼とか?」
「そうそう、どこぞの鬼とか。最近は一匹増えたみたいだけれど」

 

 隣に立つ咲夜に促されて席に腰掛けたアリスは、レミリアとそんな話をしながらくすくすと笑い合う。
 空気に触れて芳醇に香気立つワインに口を付けてみると、確かにそれは良質のものであるらしく。十分まろやかに溶け込んだ複雑な味覚の刺激が、舌や喉を心地よい感覚で潤してくれた。
 どうしてかは判らないけれど。館の主であるレミリアは妙にアリスのことを気に入ってくれているらしくて、今日みたいに夕餉に招かれるのも珍しいことではなかった。それも呼ばれる際にはいつもアリスひとりだけで、どうせ食事するのなら図書館に居るパチュリーも呼べばいいのにといつも思うのだけれど。

 

「ね、どうしていつも私を夕餉に招待してくれるの?」
「偶には住人以外と食事をしたいから、かしらね」
「でもそれだけなら、別にパチュリーやリトルが一緒でも構わないんじゃない?」

 

 アリスがそう言うと、少しだけレミリアは驚いたような表情をしてみせて。
 けれど一瞬後には、唐突に吹き出すように堪えきれない笑いを零して見せた。

 

「貴方程の賢い人が。そこまで判っていても、判らないものなのね」
「……な、何が?」
「あはははっ! ――いいのよ、私は鈍感な貴方も好きだから。伝わるまで気長に待つことにするわ」

 

 レミリアはそうとだけ告げると、尚も可笑しそうに笑い続けて見せて。
 彼女がそんな風に笑い続ける理由は判らないけれど。けれどテーブルを挟んだ先で酷く可笑しそうに笑うレミリアの表情を眺めていると、なんとなくアリスも幸せな心地になってしまって。
 お酒の味には自分の心の在り様も映し出される者なのだろうか。再度口に付けたワインは不思議と先程よりもずっと、濃厚な甘さを感じさせてくれるような気がした。