■ 187.「泥み恋情」

LastUpdate:2009/11/03 初出:YURI-sis

 暦の上ではまだ冬の本格化には遠いように思うのに、図書館を訪ねてきた魔理沙の服に幾つもの雪片が付着しているのを見て、パチュリーは驚かされる。地下に籠もっているせいで知らなかったけれど、勿論それは外に雪が降っているという何よりの証左に他ならないから、この先もっと寒くなっていくばかりであることを考えると少なからず鬱陶しいことのようにも思えるからだ。

 

「随分と寒かったみたいね」
「ああ、もうすっかり冬だぜ……。客人としては何か温かいものでも頂戴したいところなんだが?」
「アリスがいま紅茶を入れに行ってくれてるから、少し待ちなさい。――それと泥棒風情が客を自称するな」

 

 パチュリーがそうやって悪態つくと、魔理沙は帰って嬉しそうに顔を綻ばせた。
 泥棒風情と言葉の上では罵りながらも、魔理沙が来ることをパチュリーだって嫌だとは思っていないのだ。最近は本を返してくれることも少なからずあるし、それに何より同じ魔法を扱う者である彼女がちょくちょく訪ねてきてくれて、お茶を片手に色んなことを会話できるというのは自分の為にもなる有難いことなのだから。

 

「もういっそ、アリスをここで雇ってメイドにしちまえばいいのに」
「ふふっ、そうね。メイド服を着たアリスが見られるならその価値は十分にあるわ」
「……私が席を外してる内に勝手なことを言わないでよ」

 

 そんな会話をしていると。ティーポットと三つのカップを載せたトレーを持ったアリスが丁度やってきて、呆れるような口調で窘めた。
 アリスから差し出されたカップを受け取ると、十分に温められていることが受け取ったパチュリーの手には伝わってきて。寒い思いをしてきた魔理沙の為だろうか、こうした細やかな気遣いができるアリスのことが……パチュリーはいつしか好きになってしまっていた。
 カップを受け取る際にアリスと指が触れてしまったせいか、触れ合った薬指が少しだけ特別に思えて。指先の裡に僅かに熱い滾りを抱くその部分を、そっと自分の唇に寄せてみる。

 

「いつでも本が読めるし研究に最適の環境も揃ってるから、悪い話じゃないと思うのに」
「あなたにはもうリトルが居るじゃないの。……本気にしちゃうから、からかわないでよね」

 

 一応、それなりに本気で誘ったつもりだったのだけれど。簡単に冗談だとあしらわれてしまうのが、少しだけ淋しい。
(本気で考えてくれる程に真面目に誘ったら、ここに来てくれるのかしら)
 もしも図書館でずっとアリスが傍にいてくれるなら、その価値は計り知れない。好きな人の傍に居られる幸せはそれぐらいに強大なもので、魔理沙も一緒の今でさえこんなにもパチュリーの心を満たしてくれているのだから。
 ――一緒に居て欲しいと。
 いつか面と向かってそう口に出来る勇気ができたら、一度真摯に訴えてみようか。