■ 188.「泥み恋情」

LastUpdate:2009/11/04 初出:YURI-sis

 中学インターミドルの大会で上埜さんに強烈に惹かれた理由も、今でなら美穂子にもはっきり意識することができるような気がした。きっと私はあの瞬間から、他の誰にも感じない魅力を上埜さんだけには感じていて。
 ――つまりは、恋してしまっていたのだと思う。
 恋愛感情は育むものであり、唐突に生まれ出るものではないと思っていたのだけれど。一目惚れというものはどうやら本当にあるらしい。……そうでもなければ一緒に過ごした僅か半荘一回きりの時間で上埜さんを特別に意識してしまう感情なんて、説明することだってできはしないのだ。

 

「何か私のことを考えている?」
「……はい。大体いつも、考えてしまっています」

 

 隣の上埜さんから。――久さんから訊ねられて、美穂子は即答する。
 今にして思えば『恋愛感情』なんてこんなにも判りやすい気持ちなのに。上埜さんに惹かれ始めてから再開できるまでの数年間、どこか釈然としない気持ちばかりを抱えながらそれでも忘れることができずに悶々とし続けた日々は何だったのだろうか。

 

「好きですよ、久さんのことが」

 

 とても判りやすくて、単純な気持ち。
 口にしてしまえばそれだけで気持ちはより明快になる。

 

「知ってるわよ」
「そうですね。ちゃんと知っておいて頂かないと、私も困ってしまいます」
「……だったらあなたも、ちゃんと知っておいてね」

 

 久さんの甘い囁きに、答えかけた美穂子の言葉ごと。
 柔らかな唇が塞いできて。言えない気持ちも言いたい気持ちも全部、キスに吸い取られてしまう。

「勿論、私も知っていますよ。……信じてるという気持ちの方が強いかもしれませんが」

 短い唇の触れ合いが終わってから、美穂子がそう漏らすと。
 嬉しそうに久さんは、くつくつと声を忍ばせるように笑ってみせた。

 

「……成る程、私も『信じてる』という気持ちが強いかもしれないわね」
「久さんもですか」
「ええ、あなたが私を好きだと思ってくれているのだと、いつだって信じているわ。……だから、裏切らないでね?」
「無論です。……久さんも裏切らないで下さいね」

 

 恋愛感情は、限りなく無条件な相手への信頼そのもの。
 信頼に応えたいといつでも思う無尽蔵な気持ちこそが、相手を愛していると言える感情の答えでさえあるのかもしれなかった。