■ 195.「泥み恋情」
熱いお湯の中に身を沈めると、それだけで緩やかに緊張していた心が解けていくのがアリス自身にも意識できた。
研究に詰まっていたことでイライラしていたアリスの頭も、少しずつ穏やかに静まっていく。昔はストレスの解消と言えばただひたすらに本を読むことと、それに眠ることぐらいしか知らなかったのに。今ではすっかり、こうしてお風呂に入ることが自分に取って最良のリフレッシュとして定着してしまっている。
(自宅にお風呂場も作っちゃったしなあ)
そう考えると森の綺麗な湖畔に週に一・二回程度出かけては、躰の汚れを落としていた頃の自分が酷く懐かしくて。……懐かしむ感情と一緒に、もうその頃には戻れないなあと思うと苦笑もまた零れてしまう。
総ては地下から沸きだした温泉のせいだ。間欠泉と共に博麗神社を初めとした幾つかの場所に吹き出した温泉。魔理沙に誘われて度々温泉を利用しているうちに、すっかりアリス自身も虜になってしまって。ついには魔理沙と共謀して、温泉の一部を二人の自宅にこうして引いてきてしまったぐらいなのだから。
(……でも、そのせいで)
少しだけ、アリスには淋しく思えることもあった。
それは魔理沙と一緒に温泉を訪ねる機会がすっかり無くなってしまったことだ。二人とも自宅にいながら自由に温泉に浸かることができるのだから、当たり前と言えばあまりにも当たり前のことなのだけれど。
温泉の中に二人して身をひたしていると、普段はなかなか言い合えないようなことも簡単に口にすることができた。そういう意味では裸の付き合いというのも案外悪くなかったし、それに……やっぱりお互いに裸同士で傍に居ることが自然な温泉というのは、アリスにはどうしても特別なものであったから。
(疚しい心が無かったと言えば、嘘になるしね……)
けれど、そうした不埒な心を抱くのも仕方のないことなのだ。
だってアリスは――魔理沙のことが好きなのだから。
大好きな人が総てを隠さない裸の格好で、しかもその傍にアリスもまた裸で居ることができるのだ。女同士のせいか魔理沙は気にする素振りひとつ無かったけれど、はっきりと恋心を意識しているアリスにとってそれは、あまりにも夢のようなことで。
どきどきしない、筈がない。
(さすがに、いま魔理沙を温泉に誘ったら変だろうしなあ)
何しろお互いの自宅に温泉を引いてあるのだから。
けれどアリスは、魔理沙と一緒に温泉に入りたいという願いを抑えきれなくて。
(豪華な料理を用意して、あと魔理沙の研究を一緒に手伝ってあげれば……)
そうしたなら魔理沙はうちに泊まりに来てくれるだろうか。
泊まりに来て、一緒にうちの温泉に入ってくれるだろうか。
温泉を引いてしまったことで、魔理沙から温泉の誘いを貰うことができなくなったのは、少しだけ残念なことでもあったけれど。……代わりに、紛れもなく二人きりになれる温泉に魔理沙を正体できる望みを抱くことができるようになったこと。
それは無論比べるまでもなく、もっとずっと大きな幸せへの期待に他ならなかった。