■ 198.「求めながらも、抗わずには」
背中に回した両腕を要望通り少しだけきつめに縛ると、映姫はようやく少しだけ穏やかな顔をして安堵の息を吐いてみせた。
アリスは彼女を他の誰より愛してこそいるものの、けれどそれは決して縛ったりして彼女の意志を無視して陵辱したいという気持ちからではないから。こんな乱暴なことには酷い抵抗感があったものだけれど、そうした映姫の反応を見てようやく自分を許すことができるような気がした。
「縛られて安心するなんて、随分と酔狂なのね」
アリスのそんな軽口に、けれど映姫は再びその表情に少しだけ影を宿す。
責めるような口調にはならないよう十分に気をつけたつもりだったのだけれど。考えすぎる映姫の性格を思えば軽率な言葉だったと、彼女の反応にアリスは内心で深く反省せずにはいられなかった。
押し倒したのはアリスのほうだったけれど。『私を抱くのなら縛って欲しい』と、そう望んだのは映姫のほうだった。映姫がどうしてそんな風に望むのか、結局アリスにはその感情の総てを理解することはできないのだけれど。……でも、縛って欲しいなんて言葉を吐くに至る映姫の心理など、数える程しか考えられはしないのだから。漠然とだけはその理由も察することができた。
「……全部、私のせいにしていいから」
謝る言葉を口にしても映姫を傷つけることにしかならないと判っているから、結局アリスから掛けられる言葉と言えばその程度のものしか無かった。
彼女の意志を無視して乱暴したいと思った事なんて、ただの一度さえ無いけれど。私が『抵抗できないように縛って、無理矢理に彼女を犯すのだ』という体を認めることで映姫が苛まれ続けている心の負担が少しでも軽くなると言うのなら、罪の総てを引き受ける程度は容易いことであるから。
「あなたは……聡い人ですね、アリス。私の心なんて総てお見通しなのですか」
「別に賢さなんて関係ないわよ。あなたを愛しているから、少しだけ心も理解できるだけかな」
映姫の言葉にアリスがそう即答すると。少しだけ力なくではあるものの、ようやく映姫もまたアリスに笑顔を返してきてくれて。
ただ彼女の笑顔それだけで、どうしようもなく満たされている心があることをアリスは再確認する。笑ってくれる映姫が見たかったし、笑顔の彼女がやっぱり一番好きだから。――嗚呼、その為なら罪を引き受けることぐらい些細な苦労にさえなりはしない。
「私は自分を許すことができません。……厳に望まなければならない仕事中にさえ、あなたのことばかり考えてしまっているのですから。貴方に溺れることを、まだどうしても自分に許すことができないのです……」
「……うん。許さなくていいよ、私が全部、無理矢理映姫に乱暴するだけなんだから」
「あなたの優しさに甘えてはいけないと判っているのに。……すみません」
彼女の心の詰まった謝罪の言葉に、ふるふるとアリスは首を左右に振って否定する。どんな形であれ、映姫が自分のことを頼ってくれるというのならそれは、アリスにとっては嬉しいことでしかないからだ。
別に優しさから示した反応ではなかったのだけれど。アリスの反応を見ると映姫は「……貴方は本当に誠実な人ですね」と小さく囁きながら、そのまま体重ごとアリスのほうへ躰を預けるように撓垂れ掛かってきてくれて。
映姫意外に誠実になれる自信なんてちっとも無いけれど。言葉に秘められた彼女の信頼が伝わってくるから、映姫が預けてくれる信頼を裏切らないで済むように、アリスもまた誠実な自分でありたいと現心に刻むことができた。
「代わりに……なるものでもありませんが。アリスの望むだけ、本当に私の躰に好きなだけ乱暴して下さって構いませんよ」
「そういうこと言われると、きっと半日はあなたのことを虐め続けちゃうわよ?」
「は、半日ですか。それは怖いですが……ちょっぴり楽しみかも」
「――言ったわね? 後悔しても知らないんだから」
実際、止められる自信なんてアリスには微塵も無くて。
許される儘に、衝動の儘にアリスは映姫を求める指先を伸ばしていった。